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流れるような黒髪、小枝のように細い身体に、フリルをふんだんにあしらった深紅のドレスを身にまとっている。職人が魂を込めて創った人形のような顔、サクランボのように紅い唇、絹の肌、宝石のように美しいであろう眼は、今は長いまつげに彩られ閉ざされていた。
……平たく言えば、とんでもない美少女がクリスタルに閉じ込められていた。見蕩れるほどの……正直に言えば見とれていました、ハイ。健全な十八歳男児なんだから、別におかしい事じゃないだろ。
姫さまに見とれていると、邪竜が姫様を閉じ込めているクリスタルについての、解説を始めた。
「このクリスタルはワイが端正込めて作った物でな、水晶に見えるけど、本当はワイの創った特殊ガラスなんや。このガラスは魔法が込められてて、10トンもの重さに耐えることができる。耐熱性も万全でプラスマイナス1千度まで耐えられる上、ちゃんと空気穴もあるで、すごいやろ!」
なんかクリスタルに関して胸を張って解説してくれたんだけど、なんか内容が微妙なんだよな、いや現実的に考えれば十分凄いんだけどケタが微妙なんだよな、小説として考えると……インパクトが。
「ちなみにワイを倒すまで開かへん」
「なんか困った設定がついてるぞ!?」
「そんなに変かえ?」
コテン、とか音のしそうな感じで首を傾げやがった。だからそれがおかしい、変なんだっつーの。くそ、いい加減に我慢の限界だ。
「もうおまえの存在が全部ヘンだよ、何で杉の周りでバサバサやってたんだよ!?」
「あ……それは……花粉症って聞いてな、あきらめて帰ってくれへんかなぁ〜って。ちょっとしたお茶目」
「そのナリでお茶目とか言うな!」
“ほれ、もっと聞いたれ”
心で叫んでいるオレを神が煽る、別に神様の言う通りに動いている訳ではないけれど、せっかくだし。嫌でも聞くしかないだろ? オレは邪竜を指さして、先ほどから気になっていた事を叫んだ。
「まさかとは思うが、この洞窟の異様な綺麗さ、お前がわざわざ整えた訳じゃないよな!?」
「ワイが毎日雑草抜いて床掃いとりまっせ!」
「なんなんだよおまえ! それでも本当に邪竜か!?」
「周りからは勝手にそう呼ばれとるけど……」
「うるせぇ、もうおまえなんか邪竜じゃねぇ!」
「そう言われても……」
頭を抱えてしゃがみこんだオレを、心配そうに見つめる邪竜。やっぱりこんな奴のどこが邪竜なんだよ、どう見たってただの竜だろ、いや最早竜ですらないだろ。理解し難い状況に苦しんでいるオレに、楽しそうな神の声が追い打ちをかけて来た。
“どうする、このままじゃ永久にこんな調子だぞ?”
(だったらこの邪竜じゃない邪竜をどうしろと?)
“また忘れてんのか。ほれ、おまえはここに何しに来たんだよ?”
「邪竜を倒しに来たんだよ!」
“じゃあ倒せよ”
「あんな奴と戦えってか?」
“戦えよ、話し終わんないから、そろそろ終わりたい”
「またそれかよバカヤロー!」
邪竜はオレのことをいぶかしげに見ている。そりゃそうだ、神の声は邪竜には聞こえないんだからな。邪竜からしてみれば、オレは一人で叫んでいる事になる。だけどそんな事知るもんか、オレだっていい加減にウンザリだ。オレは邪竜を殺気の篭った目で睨みつけながら怒鳴った。
「おい、邪竜!」
「は、はい?」
怯える邪竜にも気を止めず、オレは腰から剣を抜いた。黒い刀身の幅広のバスターソード。禍々しい気配を帯びたそれは、竜殺しと名高い剣。過去の英雄達に、勝利と同時に死を与えたと伝えられる剣。竜殺しの諸刃の剣を邪竜へと突き付け、オレは心のままに叫んだ。
「おまえを……殺してやる!」
「は、はいぃ!?」
“お、言った言った”
「えっと……どう言う話の流れでそうなりました?」
「やかましい、もうお前なんか殺してやる、こんな話もう終わらせてやる!」
そうだよ、こいつ殺して姫様を助ければどう考えたって話は終わるよな、いきなり敬語使おうが知ったもんか。とにかくこいつ殺せばこの話は終わるんだよ。はたから見れば笑い話だけどオレからしてみれば悪夢以外の何物でもないこの話がな、ハハハハハハハハハハハハハハハハ。
“あのさー、そこまで壊れなくていいよ?”
「もとはおまえのせいだバカヤロー」
邪竜はあたふたとあわてた様子で、どうしようかと悩んでいるようだ。オレは構わず剣を構え、邪竜に向かって走り出した。邪竜はオレが今いる地点から約5mほど高い位置に居るが構わない、助走をつけて一気に踏み込みその崖を飛び越える、そしてそのまま邪竜めがけて飛びかかった!
「覚悟!」
もはや理性のかけらも感じられないオレの叫びに、神が冷静に突っ込んだ。
“振りがでか過ぎ、あと隙も多すぎだよ、かわされるなこりゃあ、飛ばれてお仕舞だよ”
苦しくも神の言葉通り、邪竜はオレの剣が届く寸前に空へと飛び立ち、オレの剣は地面につき刺さった。地面から剣を抜きながら再び邪竜をにらみつけると、今度は叫び声が返ってきた。
「い、いきなり何さらすんや!」
「おまえを殺すと言っただろう!」
「まぁ……確かに」
「やかましいっ、降りて来い邪竜め!」
さすがにこんな事を言われて降りてくるほどアホじゃないらしい、邪竜は空の上で困った顔をして飛んでいる。空にいればオレの攻撃は届かない、と思ったらしい。なめるな、まだ手段はある。