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「もしもーし、そこの人ー、ちょっと待ってくださーい!」
その声でオレの意識は浮上した。いつの間にか足は止まっており、周囲の人が不振そうな目を向けてくる。いかん、ぼんやりし過ぎてた。
その声はだいぶ遠い所で発せられた声だった。誰の事を呼んでいるんだろう、少なくともオレじゃないだろう。オレがこっちで知り合った人なんて警備員とメガネと鬱野郎と子供たちしかいないんだからな、改めて考えると変な面子だ。もう誰とも再開する事は無いだろうと思うと、少しさみしい。
なんかオレさっきからずっと落ち込んでる、我ながらうざい奴だ。心の中で自虐しつつ足を動かそうとした時、また声が聞こえた。
「大学部で迷子になっていた久我さん、待ってくださーい!」
今度は結構近い所で聞こえた声に、オレは足を止めた。あいにく大学部で迷子になっていた久我さんには心当たりがありすぎる、オレ以外に誰が居ようか、いや居まい。
振り返ると、オレより五歳ぐらい年下と思われる少年が、傍らにあった茂みを飛び越えて現れた、かなり身軽だな。変な所から出てきたもんだから周囲の視線が痛いぞ、こいつは全然気にしてないようだがな。
おそらく今まで走っていただろうに、この少年息を全く乱していない。オレの軽い警戒心を解こうとするかのように少年はオレに笑顔を向けつつ、尋ねてきた。
「久我 朱彦……さん、ですよね?」
「そうだけど」
誰だろうか、なんか見覚えのあるような顔だけども。今オレが着てる制服と似たデザインの制服を着てる、確かこの制服は高校の制服だったから、こいつの着てるやつは中学の制服だろう。
「オレ、樒実 桃李って言います。実生兄ちゃんの弟です!」
「樒実 桃李……って、確かかくれんぼしてて、タンスから出られなくなったっていう、中一の三男」
「はい、そうです。タンスが開かなくなって困った三男です」
なるほど。何となく猫っぽいクリッとした目といい、このノリといい。樒実さんと纏う空気が同じだ、血の繋がりを感じさせる。本人の名乗る通り三男で間違いないだろう。
「よかったぁ、行き違いになったらどうしようかと思った。実生兄ちゃんから連絡きたんで、届け物を預かりに来ました」
「そりゃあわざわざ。ご足労、どうも」
いえいえ滅相もございません、と笑顔で返す三男。いえいえとても助かりました、とノリで相槌を返してしまったオレ。いや、実際助かったんだが、なんだこのノリ。
「それで、届け物ってなんですか?」
「ああ……これだよ」
年のわりに礼儀正しい奴だな、と好感を覚えつつ、オレはポケットから真っ赤な宝石を取り出して、それを差し出された手の上にぽとりと落とした。
そして、オレは自分の目を疑った。
何て事ない動作だったのに、何の変哲も無い光景だったはずなのに、ここまで自分の目を疑ったのは初めてだろう。
ほんの一瞬の出来事だった。シロ君から託された赤い小石、無造作に彼の手に落とされたそれは、次の瞬間には彼の手の上に無かった。
いや、消えたのだ。
オレの見間違いでなければ、|彼の手の内に消えていった《・・・・・・・・・・・・》。
目を見張ったオレをよそに、彼はにっこり微笑むと言った。
「確かに受け取りました」
「え……?」
「それじゃ、友達待たせてるので」
さようならと言う言葉だけ残し、訳が解らないオレを置いて、彼は踵を返した。
「あ、そうだ」
はたと呟き、進めかけた足を止め、彼は一度だけ振り返った。
その笑顔が何かとダブる。
彼は言った、
『ありがとう』 と。