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オレは何をしようとしていたんだっけ?
“……ポケットの中には何があるでしょう”
ポケットの中? なんの事だと思いつつ、ポケットの中を漁ってみる。すると、小石のような物が入っていたので、取り出してみた。それは、真っ赤な宝石だった。これなんだっけ?
“フ……ッ、クーガのド忘れ、すいぶんと極まってきたな。一番最初に自分で説明してたくせに”
あのだいぶ大雑把になってきた前回説明の事か、あれに乗るような事と言ったらだいぶ重要事項のはずだが。オレ前回何してたっけ、あの世でシロ君と……。シロ君、これをオレに渡した、そして……
「……そう言えば、これ届けなきゃいけないんだった!」
“ハイ思い出せた、頑張れデリバークーガ”
(なるほど、カタカナばかりのタイトルはそう言う意味だったのか。と言う事は、今回はこれを届けに行く話って事か)
“イエス、サー”
「それを届けに行くのかい?」
「は、はいそうです!」
樒実さんの存在を忘れていたから、声を掛けられた事にびっくりしたので、若干挙動不信になったが、気にしないでいてくれたらしい。
「届けに行こうとして迷子になった、って訳か。で、誰に届けるんだい?」
「え……えっと」
困った、困ったぞ。話の流れとして、それを尋ねるのは当然と言える。けれど、そこ聞かないで欲しかったかもしれない。その届ける相手、よく解らないんだよ。シロ君の説明が酷過ぎた、なんと説明したらいいのか、検討もつかない。
「えー……っと」
どうしようか、何をどう説明しようか。樒実さんの視線が痛い、そんなに見ないでくれ。と言うか、樒実さんに説明してもな、多分知らないよな。だからそんなに見ないでくれ、猫みたいな目してるから余計気になるんだよ。沈黙に耐えられなくなったオレは、シロ君の説明をほとんどそのまま述べる事にした。
「髪はド派手なトゲトゲ赤毛、目は金だか赤だか……ヘテロクロミアなのか? 身長は入り口で頭ぶつけるぐらいで、水色作業服青長靴」
やっぱりおかしいだろう、この説明は、口に出すのが恥ずかしい。なるほど、と樒実さんは言って、オレの説明に接ぎ足すように話しだした。
「それで頭に猫を乗せて、なにげに畑仕事関係が好きで、料理が生物兵器で、日課はひなたぼっこだったりする?」
「いや、そこまで知りませんけど。そう言えば料理はゲキマズだとか言ってたような……って、覚えがあるんですか!?」
あり得ないだろ、偶然であった人に、何気なく尋ねたらビンゴ。なんだこの驚きの展開は、ご都合主義ってやつか! 樒実さんは、さらに驚きの発言をした。
「家にいるけど」
「マジで!?」
そんな不審者が自宅にいるのかよ。いやまて、この人自体不審者と似たようなものだから、いてもおかしくないのか? 落ち着け自分、十分おかしいから。
「ラッディに用のある人なんて、初めて見たなぁ。それをラッディに届けるって事かい?」
「ラッディって言うんですかその人。多分そのラッディって人で合ってます」
偶然だろうが怪しかろうが、こんなはっきりとした手掛かりはないだろう。何が何でもそのラッディとやらにこれを届けなくては。ところが、樒実さんは腕を組み、う~んと唸りながら首を傾げ、申し訳なさそうに言った。
「……うち、家族以外は余程信用のおける人しか、家に入れちゃいけないって決まりがあるんだよなぁ」
そんな家の決まり事は初めて聞いたぞ。なんだその忍者の隠れ里にありそうな決まりは、この人一体何者なんだ? さっきから気になる事がありすぎて、頭が疲れてきた。
「オレが今からパパーッと家に帰って届けるって手もあるけど、今の時間に家に帰るとお父様に怒られてしまう」
「お、お父様……?」
ああもう、この人に突っ込むのが疲れてきた。細かい事は気にしない方がいいんだよな、でもこれって細かい事で済ませていいのかな。段々脱力してきたよ。でも何とかしてこれを届けなくては、オレの存在意義が危うくなる……気がする。
樒実さんは体が傾いてくるぐらい首を傾げていたのだが、何か閃いたらしく、一気に体を起こして手を叩いた。
「そうだ、榴火に頼もう!」
榴火って誰だよ、と思いつつ、黙っている方が話が早く進みそうなので、黙っている事にした。
「ああでも、ひょっとしたら榴火は学校に居ないかもしれない。桃李は部活があるな。じゃあ胡豆か、小栗でもいいか」
その木の実にしか聞こえてこない名前は誰のものだよ? そう思いつつ黙っていた。樒実さんはメモ帳を取り出し、それに何か書き、破ってオレに渡してきた。そのメモには、こう書かれていた。
『樒実 榴火 皇櫻学園高等部普通科3年B組
桃李 皇櫻学園中等部1年C組
胡豆 皇櫻学園小等部4年D組
小栗 皇櫻学園初等部3年E組』
フリガナがふってなかったら読めなさそう名前ばっかだな、なんかBCDEときれいに並んでるな。と言うかこれのどこがラッディとやらに繋がるんだ?
「オレの可愛い弟たちだ!」
そうですか、弟さんですか。どう言う話の流れで紹介されたのか、さっぱりわからないよ。
「とりあえず榴火のところに行ってみてくれ、いなかったら胡豆、胡豆がだめだったら小栗、小栗が不安だったら時間がかかるけど桃李を待っててくれ、オレの帰りよりは早いから」
はあ、そうですか、そうですか。…………。
「……全員顔がわかりませんよ!」
「だいじょーぶ、みんな割と有名人だから」
「全然大丈夫じゃねぇ!」
だめだ、突っ込まないとだめだこの人。訳のわからない方向に行ってしまう! つまるところ、オレを家に入れる訳に行かないから、この弟たちに代わりに届けてもらえ、と言うわけなんだよな。名前しか知らないのに、弟たちが探せるわけないだろう!
いろいろな意味を込めて「大丈夫じゃねぇ!」と突っ込んだのに、樒実さんは的外れな事を言い出した。
「そうだね、その格好で校内をうろつくのは危険かな。ここセキュリティ固いから、また警備員さんに捕まるといけないし」
ちくしょう話が通じねぇ! と打ちひしがれているオレを放置し、樒実さんはちょっと待っててね、と言い残して茂みに隠れた。そして、数分もしないうちに樒実さんは戻ってきた。緑の制服を手に持って。
「はい、これ着てれば十中八九だいじょーぶ」
「……なんですかそれ?」
「高等部の制服だよ、久我君は大体それぐらいの年だろう? 日本人らしからぬ青っぽい目の色をしてるけど、黒と言えば黒だし、後はセーフだし、トイレとかで着替えてしまえば、大丈夫でしょう。あとこれ、地図ね」
有無を言わせず、樒実さんはオレにその制服と、地図と、そして用意の良い事に、脱いだ服を入れろという事だろう、黒のエコバックを渡した。親指を立て、イイ笑顔で言った。
「制服は届け物と一緒に渡してくれればいいから、がんばれ☆」
オレは苦笑いで、親指を立てた。