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「君ってリアルに迷子癖だったんだねぇ」
「はぁ……」
「どっかで読んだ話の迷子はすごかったよ。一族代々道に迷いやすくてさ、エーデルワイスを取りに行ったはずなのに、気づいたら大陸一週旅行を徒歩で果たしていたという位の迷子だ。一週間で大陸一周だよ、疲れそうだよねぇ」
「そうですね……」
「オレもこの間ね、家の中で弟たちとかくれんぼしてたんだけどさぁ、桃李がタンスの中に隠れてて、自力で出れなくなってたりしたんだよ。太郎君もなんか敵に食われてた時あったねぇ」
「はぁ……」
よく喋る人だなこの人、適当な相槌打ってるだけなのにずっと喋り続けてる。どこかへ向かっているのか、オレの腕を掴んだままマイペースに道を突き進んでいくので、仕方なくついて行く。悔しいがこの人はオレよりコンパスが長いので、ついて行くのが大変だ。……それにしても、この人誰だ? そして話にたびたび出てくる太郎君とは誰の事だ、どう聞いてもオレに向かって言っているようにしか聞こえない。
「太郎君も風の結晶探してダンジョン練り歩いてさぁ、奥に行きすぎて帰れなくなって、結局オレにメールしてきた事あったよねぇ」
「いや、オレは太郎じゃなくてクーガですけど、クーガ・グリムゾン」
「クーガ? それが太郎君の本名かい?」
「いや、本名は久我 朱彦……って、それ以前にオレは太郎君じゃありません!」
やっと否定できた。その人は足を止めて振り返り、小首を傾げながら尋ねてきた。
「え、つまり君は藤原 太郎君ではないと?」
「久我 朱彦です」
「あっちゃあ、オレってば人違い。オフ会で相手間違えたのは初めてだよ。そう言えば太郎君、白衣着てくるって言ってたなぁ。ごめんね久我君、だいぶ引きずってきちゃったよ」
いやぁ悪かった、と言ってやっと腕を放してくれた。気づけば周囲はすでに建物の中。ここはどこだ、と思っていたら、勝手に解説が入った。
「ここは皇櫻学園大学部のC棟だよ、パソコンがいっぱいある棟。分かってないって事はきみ、新入生かい?」
「違います」
なぜこちらが何も言っていないのに解説をくれるんだ、と思いつつ否定する。何かこの人危険な香りがする、物理的にではなく人間として。
「じゃあ大学部を覗きに来た高等部の生徒?」
「それも違います、なんと言うか……その……迷子です!」
“ブッ……いい年した男が、大声で迷子ですと叫ぶとは!”
(しょうがないだろ、迷子なんだから!)
ちくしょう、穴があったら潜りたくなってきた。オレだって好きでこんな事してるわけじゃない。
「OH、迷子。実生ちゃんってば、迷子って自己申告してきた胡豆より年上の人に会うのは初めてだよ!」
「迷子で悪いか!」
「いや、大歓迎」
「大歓迎!?」
何やら目を輝かせてる、なんかこの人ツッコミ所がありすぎるぞ、間違いなく変人だな、親切なのには違いないのだろうけど、やっぱり危なそうだ。なんか生き生きした顔をしながら、口を開いた。
「自己紹介がまだったね、オレの名前は樒実 実生、ミバエなーんて女の子みたいな名前だけど、れっきとした男の子だぞ☆」
あれ、なんかこの人が神に見えてきた……。
“私はメガネじゃない”
(いや、星を飛ばすところがな……)
オレが少なからず引いているのを気にも止めず、樒実さんとやらはオレの手をがしっ、と掴んだ。オレがますます引いているのにもかかわらず、樒実さんはより強く目を輝かせ、力強く言った。
「迷子になったというならオレに任せておけ。ミノ○スキー粒子の中だろうが、A.T.フ○ールドの向こうだろうが、ちゃんと送り届けてやるからな!」
「そんなところ行きたくありませんから!」
何でこの人こんなにノリノリなんだよ。そして伏せ字の下がわかる自分が嫌だ。これが神の言ってた『ある程度の一般常識(オタver.)』ってやつか、なんか世代間違ってるだろ!
「で、君のお家はどこなんだい?」
いきなり普通の話に戻ったので、頭の中で続いていたツッコミを慌てて留める。質問に答えようと思ったのだが、どう説明したらいいか、検討もつかない。
「ひょっとして家出?」
「家出ではないんですけど、えーっと……」
なんと説明したらいいか、それ以前に説明して良い事なのか、そしてオレはどこに行こうとしているのか。わからなくなって、何も言えなくなった。これじゃあ迷子と言うより、放浪者だ。