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「そこで何をしているんですか!?」
いきなりだった、背後から突然声が聞こえてきたのだ。
あわてて声のした方に振り返ると、そこには紺色の制服を着込んだ警備員がいた。そう言えば足音が聞こえていたなぁと思いながら、いまだに喋っている神を黙殺して、きちんと警備員に向き直ると、警備員は言った。
「ここは皇櫻学園の敷地内ですよ、関係者以外立ち入り禁止です。道に迷ったのでしたら受付までご案内しますが?」
ここは学校の敷地内だったのか!? 目を白黒させながらも、改めて警備員の背後を見ると、確かに大きな建物があった、気づかなかった……。
“ばーかばーか”
やかましい。地図も何も持っていない訳だし、とりあえず地図の手に入りそうな受付につれて行ってもらえるのは好都合かもしれない。そう考えていたら、神がことさら大きい声で言った。
“オレは不法侵入者だ、そして変質者!”
「オレは不法侵入者だ!?」
何いきなり叫んでるんだこの馬鹿は!
“バカ言うな!”
馬鹿だろう、なんでそんな脈絡のないセリフをいきなり叫んでいるんだ。まったくやかましい奴だな、いつか静かになる日が来るのか? せめて音声だけでよかった、視線とかを感じるようだったらもう気になって眠れやしないだろう。先ほどから視線を感じる、そうこんな感じに。
……視線?
「あの……とりあえず一緒に来ていただけますか?」
警備員さんは警備員らしく、警戒心で満ちた視線で、こちらを見ていた。
しまった、神があまりにアホすぎる発言をするものだから、つられて叫んでしまった。他人が聞いていたらオレはいきなり不審者宣言をした立派な不審者だろう、見た目が不審でなくてもすでに不審者だ。ヤバイ、非常にヤバイ。
「あ……えっと、今のは何と言うか、うっかりと言うか、その」
“……まさか成功するとはな”
(ゴラアアアァァァ、まさか狙ってやがったのかああぁぁ!!)
“ヤダなぁ、そんなに怒らないでよ”
否定しなかったなこの野郎、しかもなんだその少し照れたような言動は。つられる方もアレなんだろうが、やっぱりこいつだ、こいつが悪い。どうしよう、非常に殴りたくなってきた。どう足掻いても殴れない事が口惜しい。
「話を聞かせていただきます」
そうこうしている間に警備員さんはオレの手を掴み、何処かに連れていこうとする。このままだと警察を呼ばれかねない、何せ詳しい事情を話せと言われても話しようがないからな、まともに話したら黄色の救急車呼ばれてしまう。何にせよ、ヤバそうな展開だ。
(これが小説の出来事だって言うなら、こう言うときに都合よく助けてくれる人が来たりしないのかよ!)
心の中でそう叫んでいた時。背後、つまり先ほどまでオレが居た付近から声が聞こえた。
「どうも今日は警備の人」
やけに明るい調子のテノール、声優か何かと思えるような美声だ。振り返りその声の持ち主を確認した警備員さんは、驚いた様子でその人の名前を呼んだ。
「……樒実さん?」
「あれ、あなたとは初対面のはずですけど? 初対面なのに名前知っててもらえるなんて光栄ですねぇ」
本当に来たよ、助けてくれそうな人! その人は人なつっこそうな笑みを浮かべ、黒いスーツをかっこよく着て、オレが先ほどまで座り込んでいた場所に立っていた。メガネがよく似合う。いつのまに現れたんだろうこの人、足音も気配もなかったが。
「いやぁごめんなさいね。この人オレの友達なんだけど、地図持ってないとすぐ迷子になっちゃってさぁ、ついでによく変なこと言ってるけれど気にしないであげて」
酷いこと言うなこの人、と思いながらもには出さないでおいた。オレはこの人の友達でもないし妄言癖もない、と心の中で否定しておこう。迷子になりやすいのは否定できないが。
「ほら行くよ、太郎君。第二情報処理教室で集合って言ったじゃないか」
取って付けたような名前だなぁ。その人がオレの腕を掴んでどこかへ連れて行こうとするのを、警備員の人は止めなかった、困ったような顔をしてみているだけで、声すらかけてこない。オレも抵抗しなかったため何の障害もなく、半ば引きずられるように連れていかれた。