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姉さんが入り口を指さした、それとほぼ同時に酒場の入り口が勢いよく開かれた。
一瞬、老人が入ってきたのかと思った。なぜならその人影は身長が低く、髪も真っ白だったからだ。しかし違った。その髪は確かに白髪だったが、老人のように精気のない髪ではない。若々しい輝きがあり、染めてもあんな白にはならないだろう。何より印象的なのがその目だ。いわゆるヘテロクロミア、片目は紅く、もう片目は金色。恐ろしい事に両眼とも瞳孔が紅で縦に裂けている。どう見ても人間の目ではない。
その人物はこちらに向かってまっすぐに歩いてきて、なんとオレの隣に座った。近くで見れば、その人物かなり若い。オレより何歳か年下だろう、少年と呼べる年齢だ。しかも動作がいちいち子供っぽく、その上童顔なので余計に若く見える。目の色は不気味だが、それを除けばクリっとした目の可愛らしい子供である。
その少年は明るい声で、マスターに言った。
「マスターさん、きのみジュース一杯!」
……きのみじゅーす?
「きのみジュースってなんだよ!?」
「これ」
いきなり突っ込んできたオレに戸惑う訳でもなく、出てきたジュースを指さした。マスターが一瞬で出したのは普通のミックスジュースだ。フルーツの事をきのみと言ったんだろうか、普通言わないだろう、ミックスジュースって言えよ。少年は輝かんばかりの笑顔で言った。
「これおいしいんだよ、なにせきのみから出来てるから。きのみは完全食品だ!」
返す言葉がない、いくらなんでも突っ込みきれない。こいつに対して完全に突っ込むにはキング・オブ・ツッコミでも呼ばないと無理だろう。こいつオレにどうしろって言うんだ、スルーしていいか?
“だめ”
(だめなのか)
いきなり入った神のダメ出しに対応していたせいで、一瞬ボーッとしていたオレを少年は不思議そうな顔をして眺めてから、首を傾げて尋ねてきた。
「そう言えば君だれ?」
「……あ、ああ。オレは久我 朱彦……クーガ・グリムゾンって呼んでくれ。あんたは?」
オレの返した質問に、その少年は胸を張り、また笑顔を浮かべて誇らしげに答えた。もう目がどのこうのとか、どうでもよくなってきた、見た目より中身がヤバイよこの子。
「忘れた!」
「なんだそりゃ!」
少年は脳味噌のネジが何本か外れてんじゃないだろうか、と思えるような顔をして首を傾げていた。なるほど、さすが変人代表、どう対処したらいいか解らない。この顔を前に何を言えばいいんだ? などと思いながら困っていると、オレの代わりに姉さんが解説をくれた。
「ここにいるとなんか記憶が抜けてくらしくてね、その子自分の名前を真っ先に忘れちゃってんのよ、好物とかは忘れてないのにね。皆には白髪だからってシロ君と呼ばれてんのよ」
「ああ、なるほど……って、ここにいると記憶が抜けてくのか!?」
「大丈夫、一日で記憶が抜ける奴なんて稀だから」
稀って言ったな、マレって。抜ける奴もいるって事だよな、なんか心配になってきたぞ、オレここに24時間いなきゃいけないんだからな。
“おまえ忘れっぽいからなぁ、一日で記憶全部抜けるかも”
(抜けてたまるか)
“痴呆人間クーガ”
(変な称号付けてんじゃねぇ、痴呆じゃなくてちゃんと認知症と言え!)
“あ、認めた”
(ちっがーう。オレが訂正したのは痴呆の事だ!)
もう飽き飽きしてきたこのコント。もう長い事やっている気がする、正直いい加減にしてほしい。オレの内心での口喧嘩を知る由もないシロ君とやらは、とても素直に尋ねてくれた。
「何で久我じゃなくてクーガって名乗ってんの?」
勢いよく立ち上がったので、椅子が倒れた。けれど、今のオレはそんな事も気に介さないほど興奮していた。そんなオレに驚いているのか引いているのか、シロ君は目を丸くしてオレを見ていた。
出かける必要がなかったのに出かけてしまった、結構悲しい。