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「危ないじゃないですか」
気づけば、机の上のお茶とミカンは一瞬で避難されていて、それを一人で行った閻魔様は冷静に答えた。それとは対象的に、邪竜はびっくりして何もできなかったらしい。
「この状況はおかしいだろ、なんでオレが邪竜と呑気に食卓を囲んで普通に会話してるんだよ? オレと邪竜が!」
机を直してから、邪竜を指さして言うと、直した机の上にお茶を並べながら閻魔様がなだめるように言った。
「そんな事言っても……、今更生前の事なんか、どうでも良いじゃないですか」
「閻魔様には聞いていない、邪竜に聞いているんだ!」
「ワイですか?」
相当戸惑っているのか、邪竜は突然敬語になった。あの時と一緒だ、オレが邪竜を殺した時と。デジャビュを感じ、それが嫌で目を逸らした。そして、オレは邪竜に言いたかった事を叫んだ、心の何処かでずっと悩んでいた事を。
「お前はオレが憎くないのかよ? オレはお前を殺したんだぞ!」
オレの言葉に、邪竜はひどく困った顔をしている。オレは容赦なく畳みかけた。
「いいか、正直に言え。オレが憎いか? オレを殺したいか? どうなんだよ! オレは一方的に殺すばかりで相手の気持ちなんか解りやしない、解らないんだよ、オレが殺した相手の気持ちが!」
一方的に叫ぶオレに、邪竜はやはり困った顔をしている、それが見たくなくて、また目を逸らす。何してるんだオレは、これじゃあまるで駄々をこねている子供じゃないか。邪竜は落ち着いた声で答えた。
「別に恨んでなんかおりまへんで?」
こちらを見ている邪竜は、いつになく冷静で真剣な顔をしていた、そして、微笑んでいる。何でだよ、どうして、何で|どいつもこいつも、笑ってるんだ《・・・・・・・・・・・・・・・》。
「ワイの死に方は、ほとんど自殺みたいなもんや」
「何が自殺だ、殺したのはオレだろ!」
「そない言われてもなぁ……」
いつもの困ったような顔をする邪竜。だから、そんな顔をされると、何を言えばいいのか解らなくなるんだよ。どいつもこいつも、訳わかんねぇ。オレが沈黙したのを見て、今度は閻魔様が口を開いた。
「そう言えば竜王さん、陽上さんが『ファブニルに騙された!』と喚いていましたが、何をしたんですか?」
「いや……それはなぁ、クーガはんを釣るために、ちぃとな」
「ははぁ、成る程」
知らず知らずの内に、痛いぐらい手を握りしめていた。
「……オレを釣るって、どう言う事だ?」
「あ、言い方があかんかったな。単にクーガはんがワイの所に来るように仕向けただけやで、別にクーガはんを釣り竿で釣り上げようとした訳じゃ……」
「そんな事を聞いたんじゃない。どうして、どうしてわざわざオレに殺されるような事してんだよ」
邪竜をしっかりと見据える、オレは目を逸らす事をやめた。逃げてはいけないんだ、逃げ続けていたら、前に進めない。だから、今ここで邪竜に聞かなくてはならないのだ。
「どうしてオレなんだ!」
邪竜も目を逸らさなかった、紅玉のような眼がこちらを見据えている。赤い目は苦手だ、赤い目で見つめられると落ち着かない、いいや赤い目を見るのが落ち着かないのか。しかし、オレはその目を見据え、答えを待った。
「クーガはんに、殺されたかったからや」
邪竜はしっかりとした、聞き間違えることもできないような口調で言った。目を逸らしたくなる衝動を抑え、邪竜に再び問いかける。
「なんでオレなんだ?」
「訳は二つある。一つは、クーガはんが自分で見つけなあかんもんや。そしてもう一つ、それはワイの私情や……つまり」
気のせいだろうか、先ほどからちゃんとした答えが返ってこない。邪竜は、一言一言、しっかりと答えた。だが、何かおかしい。
邪竜は腕を組み、胸を張って言った。
「訳は言えん!」
「何でそんなに偉そうなんだテメエエェェ!!」
机を飛び越え邪竜に掴みかかる、邪竜はそれをかわしもせず、抵抗もしなかった。ムカついて来たので、襟元をつかみ力の限り振り回す。
「何が『訳は言えん』だゴラアアァァ!!」
「これだっけは譲れぇええっへん。言ぃっわんと、決めたんやっからぁなっ!!」
これだけ激しく揺さぶっているにもかかわらず、以外と余裕な邪竜。しかし声が変な事になっている、余裕なのは精神面だけだ。すでに首がいろんな意味で危ないし、吐き気も催してきたようだ。閻魔様が立ち上がった、止めるつもりだろうか、だがやめる気はない。
「やめなさい」
やめる気はなかった。だが、閻魔様の長い金属製の杖が頭にクリーンヒットして、オレは気絶した。
“シリアス消滅☆”
気絶する間際に、神のむかつく声が聞こえたが、言い返せなかった。