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そろそろ落ち着いてきた。立っていた所を再び座ると、閻魔様が邪竜に向かって言った。
「お久し振りですね、竜王さん。取り合えず座って下さい、お茶も用意しますよ」
「その呼ばれ方は久し振りやなぁ」
「このちっちゃいクッションにどうやって座れって言うんだよ、このナリで!?」
少しテレくさそうに頭を掻いている邪竜は無視し、邪竜に向かっていた体をぐるりと反転させて閻魔様に突っ込むと、閻魔様はしれっとした顔で答えた。
「さあ? 僕は湯飲みを取って来ます」
「オイッ!」
「まぁまぁ、クーガはん、落ち着いておくんなはれ。別に問題無いでな」
邪竜が話に割って入った訳だが、何が問題無いのだろう、その辺で座っているから問題無いという事だろうか。そんな事を考えていると、邪竜が謎の行動を取った。
邪竜は、机から少し離れた位置に立つと体を丸め、その姿勢から一気に体を伸ばしながら言った。
「てれれれぇ〜ん」
擬音にかぎかっこを付けるとこれほどまでにダサイとはな。
ああ……そんな事言ってる場合じゃない。かぎかっこなんか大した問題じゃない。邪竜がくるくる回りだした事の方が問題だろう、バレリーナさながらの軽やかな回り方だ、その巨体がくるくる回っているせいで風が発生しているのを忘れるくらいだ。どうやって回っているのか、原理がよく解らない。そんな事より、いきなり何を始めだしたんだこいつは?
「てんっ!」
最後の擬音とともに、邪竜の動きがピタリと止まった。同時に黒い霧のような物が邪竜の体を包み込む。何が出てきても驚かないようにしよう。これ以上驚いてどうするんだ、既に驚きすぎて何も言えないんだぞ?
最後に風が吹いた。その風は邪竜を包んでいた黒い霧を吹き飛ばし、中にいた者がよく見えるようになった。想像していた通り邪竜の姿は変わっていた、そいつは自分の姿を見直したあとに尋ねてきた。
「この格好は久し振りなんやけど……どんなもんや?」
どんな表情をすればいいのかも解らないので、無表情で質問し返した。
「お前は誰だ?」
「こんな単時間で忘れたんか!?」
「忘れてないけど!」
ハイ落ち着こうか、混乱している時ほど冷静に解説したくなる。主人公視点の小説なんだからきちんとした状況説明は必要だ。
頭には金色の角が四本、赤い目もそのままだ。力強そうな黒い翼も背に生えている。だが、鱗に包まれていたはずの体は古風な黒衣をまとった体となっており、頭部からは足元まである黒髪が生えている。困ったような表情を浮かべている顔は彫刻のように整っている。
ああそうだとも、ここまで言えば想像はつくだろう。邪竜が人間っぽい格好になってるんだよ!
「擬人化か、擬人化なのか、擬人化しちゃうのか? いい加減にオレを混乱させるのはやめてくれ! あとなんでこの空間には美形ばっかりなんだ、オレが浮く!」
「余計な事まで突っ込まないで下さい。お茶と、あとお負けで蜜柑を持って来ましたよ」
戻ってきた閻魔様は、右手に持っている丸い板の上に、湯飲みとミカンと言うらしい果物、左手にはオレも使っているクッションが持ってあった。右手に持っているものを丸いテーブルの上に乗せると、左手に持っているクッションをテーブルの傍に置いた。
「取り合えず落ち着きませんか? 竜王さんも座って」
「いやぁ、おおきに」
「いえいえ、そんなに騒がれて居ると此方も迷惑です」
さりげなく辛辣だな、閻魔様。
“そりゃあ彼には色々と隠された過去があるから”
(関係ないだろ)
出番がないので横槍を入れてくる神に、内心で突っ込みを入れていると、閻魔様が持ってきたミカンとやらの皮を、邪竜がビリビリと剥いていた。細かい皮が机の上に散らばっていく。閻魔様もミカンの皮を剥いているが、此方はきれいに皮が繋がっている。オレも机に上のミカンを一つとり、皮を剥こうとしたが、意外と難しい。ミカンに指がつき刺さるだけで皮が剥けないのだ。
オレがミカン相手に本気と書いてマジになっているのを見つけた閻魔様が、オレからミカンを奪い取り、簡単に皮を剥いた。
「蜜柑を食べるのは始めてですか?」
「見るのも初めてだ」
「こうすると楽でっせ」
邪竜はそう言うと、ミカンを一つ手にとり、両手で持ってまっぷたつにした。割れたミカンの中から中の果肉を取り出して食べている、楽そうだ。
「なるほど……って」
机の端を掴み、叫んだ。
「何でこんな和やかにミカン食ってるんだー!!」
秘技・ちゃぶ台返し!