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それは、門だ。巨大な門が黒い空間に立ちはだかっていた。黒い色をした門と白い色をした門が二つ並んでいて、完全なシンメトリーとなっていた。それにしても大きい、今まで見た門の中で一番大きい、装飾も一番凄いな。もしかしてあれか、ここはあの世とこの世の狭間で、あの門はあの世への門か。
“あれは地獄の門です”
「ちょっと待てぇ! 既に地獄行き決定なのか!?」
“シャレだよ、ダジャレ”
「本気で信じかけたじゃねぇか……」
脱力しながら歩いていくと、門のすぐ前まで来た。近づいて見るとなおさら大きく感じる、見上げると首が痛い。
ここまで近づいてやっと気づいたのだが、なんかいる。門の前になんかちっこい黒いのがいる。真っ黒な格好をした子供が、草でできた敷物の上に敷いてあるクッションの上に座って、緑色のお茶飲んでる、ズズーッて音を立てて飲んだ、行儀悪い。なんか茶色くて足が短く、丸い机が置いてある。なんかもう一つクッションがおいてある!
何だこの子供、格好だけ見ると魔導師に似てるような気もする、横にでっかい杖置いてあるし。でも何でここにいるんだよ、ここはあの世だろ? もしかするとこの子供、死神かもしれない、オレを天国だか地獄だかに連れて逝く、それっぽい格好してるしな。
「あ、やっと着ましたか」
怪しい子供が話し掛けてきた、どうしよう!?
“おちつけよ、ボケナース、アテンション、ファーンタスティ〜ック!”
突然神が叫びだした、ウルサイ、お前が落ち着け。
“私はいつも通りだ”
などと考えている内に、落ち着いた。神と話していたら落ち着いたなんて、何だか釈然としない。
そうこうしている内に、その怪しい子供はお茶をもう一つ注いで、クッションを指しながら言った。
「一先ず座って下さい、大分混乱して居るでしょう?」
言う通りにして大丈夫なのかと思ったが、オレは言われた通りに座った、目の前の子供は怪しいが、悪意は感じられない。だが、こんなスタイルでお茶をするのは初めてなので、どう座ったらいいのか解らない。とりあえず目の前にいる怪しい子供と似たような座り方をしたのだが、どうにも座り心地が悪いので、胡座をかく事にした。
オレが座ると、怪しい子供はこちらにお茶を差し出してきた。お茶を受け取ると、その子供は軽いお辞儀をしてから口を開いた。
「今日は久我さん、僕は冥界の番人の様な者です」
少年らしいボーイソプラノで、子供らしからぬ落ち着いた口調を用い、何とも解りにくい自己紹介をされた。こちらの事はすでに知っているらしい、自己紹介は必要なさそうだ。しかし、冥界の番人ってなんだ。
「つまり……閻魔様?」
「閻魔大王とは違います。僕は基本的に冥主と呼ばれています、閻魔様と呼ばれている者とは違いますよ。所で、何で畳と緑茶を知らないのに、閻魔大王を知っているんですか? 貴方って西洋人なのか東洋人なのか、はっきりしませんね。ああ、貴方の世界には西洋も東洋もないんだった……。見た目が日本人に似ていたもので、うっかりしてしまいました」
冗談半分で言ったのに関係のない所まで突っ込まれた、日本人ってなんだ。それより、何でオレがこの敷物とお茶を知らないって解ったんだよ、読心術でも覚えてんのか? 子供のようなナリをしているけどかなり毒が有りそうだな、それにしてもじじ臭いな、この閻魔様。
“そう言えばおまえって微妙に日本人っぽい”
突然沸いてきた馬鹿神は “なんだそのダッサイの!?” 話がややこしくなるからひっこめ。閻魔様がオレの頭の中で繰り広げられている事を知っているはずもなく、話を続けていた。
「その辺りは置いておいて、最初に言って置くべき事は……貴方が死んで居ると言う事ですね、自分で理解出来ていますか?」
「え……あ、ああ、うん。理解したくないけど理解できてる」
その答えを聞くと、閻魔様はため息をついた、いかにも憂鬱そう。
「そうですか、それは良かった。でも実は良く無い」
「どっちだよ!?」
「いやぁ、色々と事情が有りましてね」
ハァ〜、と重ねて物憂げなため息をつく閻魔様。少しはまともそうな奴だと思っていたのに! オレの行く先々にまともな人間はいないのか?
“やーいやーい、バーカバーカ”
閻魔様はめんどくさそうに話を続けた。
“スルーネタは飽きたぞ”
やかましい。
「実は……貴方はまだ死んでいないんですよ」
「マジで!?」
暗雲から希望の光が射し込んできた。身を乗り出して叫んだオレに、閻魔様はいたって冷静に返した。
「心肺停止状態ですが」
希望の光はすぐに消えた。
身を乗り出した勢いに任せて机に墜落した。オレが落ちた時の衝撃で、中身がこぼれそうになったお茶を押さえながら、迷惑そうな顔で閻魔様が話を続けるのを、オレは顔だけ持ち上げて聞いた。
「脳内出血も起こしてましたし、本来なら数分で死ぬ所でしたが、貴方を殺した人物が問題でしてね。色々と言ってましたが、簡単に略すと『やっべ、うっかり殺っちまったよ。死なせちゃダメだよなぁ、めんどいけど』などと言って、中途半端に生かしているんですよ。おかしな話でしょう?」
オレを殺した人物=姫様
なんだか悲しくなってきた、生きていた事は嬉しいけどなんだこの扱い。姫様、オレがあんたのためにどれだけ頑張ったと……。机に顔を伏せて落ち込んでいると、励ますように閻魔様がお茶を差し出した。さっき閻魔様が緑茶と言っていた緑色の液体は温くて苦かった。オレがお茶を飲んでいる間にも、閻魔様は話していた。
「あまり気にしないでやって下さい、あの人性格はアレでも中身はかなり繊細ですから。貴方をうっかり殺した事とかその他諸々、かなり気に病んでいる筈ですよ、証拠に事後処理がかなりしっかりしている」
「何処が……」
「貴方を半分死んでる状態で留めて居るのにも理由が有るんですよ、そうしなければならなかったんです」
閻魔様の話を聞きながらも、相変わらず落ち込んでいるオレを見つめながら、閻魔様は告げた。長いため息をついたあと、あまり言いたくないんですけどね、と前置きを置いて。
先は長いなぁ……