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ある平凡な転生令嬢の話

ある平凡な転生令嬢の話

作者: 東野たぬき

異世界転生して低位貴族の令嬢になったけど、特別何も起きたりしない話。

 遂にこの日が来たな、とあまりの緊張に少し頭が痛む。

 このまま体調不良を理由に一日寝込んでしまいたいが、それはできない。


 今日は婚約者との初顔合わせの日。

 私の人生という物語に於ける初めての、大きな出来事(イベント)の日なのだから。



 カロル・ダヤン子爵令嬢――今の私の名前と身分だ。

 所謂『ええ~~!? 気がついたら異世界に転生しちゃってる~~!?』という状況に陥った事に気付いて早3年、今年で6歳。

 前世の存在を思い出した当時こそ頭にチラつく現代日本の常識との差異に困惑していたものの、今ではもう現代日本の方に違和感、むしろ恐怖すら感じる程度にはJRPG風中世ファンタジー世界に馴染みきっている。


 三つ子の魂百までって言うし、早いうちに思い出したのは幸運だったと思う。頭の中にしかない遠い記憶より自分を抱っこしてくれる母や侍女達の温もりの方が大切だと思えたし、今の私にとっての“現実”を理解できた。

 私は日本人の女性ではなくダヤン子爵一家の娘、カロルなんだと。


 あとはチートね。そういうものがなんにも、一切無かったのも凄く運が良かったと思う。

 そりゃ最初の内はねえ、ちょっと夢も見た。

 今の両親共にめちゃくちゃ私を可愛がってくれるものだから、現代知識チートで商売がうまく行ったりしたら喜んでくれるんじゃないか、孝行できるんじゃないかってね。


 でもここには調べ物に使えるパソコンもスマホもない。

 便利なものの存在を知ってたところで、それがどういう原理なのか、何を材料にしてるのかなんて資料もなしにソラで説明できる訳がない。


 ご多分に漏れずこの世界には魔法っていうものもあったから、詳しい説明ができなくても『こういう物があったら便利じゃないかな~?』レベルの提案で何かできないかも考えた。


 一切無かった。

 見える範囲で鉄板の冷蔵庫、調理器具、水道にお手洗い、大体のものはもうあった。

 すごいぞJRPG風中世ファンタジー世界。衛生環境で不安があるの、室内土足の習慣だけだよ。


 頑張って手をつけられそうなところを捻り出せば携帯電話に類するものや鉄道交通とか無いことも無かったけど、その辺りはイチ下級貴族がやれる事業じゃなかった。

 私のお父様には幼児の『あったら良いなあ』レベルの説明を元に具体案を考え、根回しをし、資金資材人材の調達や計画立案をできるほど中央に近くもなければ野心も無いようだった。


 なら将来私が大人になるまでにこの世界の知識を蓄えて事業を立ち上げるのはどうだろうか。


 早々に挫折した。

 この世界には魔法って言うものがある――が、そんなもの日本には無かった。

 つまり未知の知識を基礎のイチから学ぶ必要があるわけだ。


 まず基本の魔法式――九九レベルの基礎テンプレート的なやつ――理屈を理解できなくても暗記してソラで唱えられるようになってれば大丈夫、ってものがある。

 感覚としては英語訳された百人一首を全部覚えて、該当する番号を言われたら即座に詠み上げられるようにしましょうって言われた感じかな。

 で、それらを複数組み合わせて一つの魔法を構成していくっていう。

 魔法式一つ一つの中身は日本の常識というか義務教育レベルの科学知識、例えば『火は酸素が無いと燃えない』みたいなものを組み合わせて作られたものだったから理屈の理解は早かったんだけど、肝心の暗記は別で必要なのよね……。


 暗記したものを組み合わせられるようになりました、より高度な魔法に仕上げましょうって段階になると、数学の学者さんがやるみたいな公式を組み立てるとか、プログラムを書く感じになる。

 どれだけ便利で優れたテンプレートが存在していても、プログラムなんて中学の授業で自分の名前を表示するくらいしか触ったことの無い私が『これとこれを組み合わせたら決済システムが作れるのでは!?』なんて思いつけるわけもない。

 学べば学ぶほど前世の世界で魔法もないのに色々できるようにした科学者スゴい、この世界で魔法を効率的にまとめた魔法学者ヤバいって尊敬が募るだけ。


 いやもうほんと非接触型ICカードとか何アレ、どうやったら魔法触媒もなしにあんなに色々利用できるの? 怖くない?

 何をどうしたら火を付ける魔法を流用して火を使わない調理器具が開発できたの? 熱って概念を科学なしで理解したの? ヤバくない?


 うん、新規事業はちょっと無理。なら前世での経験を生かして家の既存事業の手伝いはどうか。


 ダヤン子爵家(うち)の扱っている事業について口を挟むには国内の力関係や貴族の礼儀様式等、日本の接待ルールとは異なる社交の知識を身につけるのがスタートライン。

 さっきから散々言ってる通り如何に前世の記憶があろうと、この世界の常識と基礎知識である魔法の勉強でいっぱいいっぱいになってる頭でっかちの幼児に何ができるって?


 ということで、チートなんてないない。

 学ぶ前に四則演算を理解してたり、一部魔法の()()が早かったことで「カロルは天使のように可愛い上に頭も良い!!」って両親の親馬鹿スイッチを連打したくらいが精々。

 おかげで家族仲がコレ以上無いってくらい良好に盛り上がり、お父様の愛人を狙ってた新人メイドの野望を知らない内に挫いてたらしいんだけど……これはチートとは違うか。


 長々と語ってしまったけど、結局のところ前世の記憶なんてものがあったところで人生が劇的に変わるなんてことはないのだ。

 ちょっとだけ小利口な令嬢として評判にはなってるらしいけど、それも続いたって社交界デビューするまでじゃないかと思う。

 (カロル)として生きて6年、前の人生は……何年まで生きたっけな……確実に6年の倍じゃ効かないくらいは生きてた筈なのに思い出せないくらい朧げで、知識だって今の勉強に結びつかないものは咄嗟には出てこない。社会に出て√やサインコサインの問題を解くのに時間がかかるようになった、頑張れば思い出せるけどっていうのと同じように。


「カロル、とっても可愛いわよ」


 精一杯めかし込んだ私を見てお母様が褒めてくれる。

 心から嬉しそうなその笑顔に、私を整えて(プロデュースして)くれた侍女の顔にも達成感と喜びが浮かぶ。


「お相手もお嬢様に夢中になりますよ!」


 ……あー、前世の記憶があって人生ちょっと変わるかもしれない。

 分厚い親の欲目フィルターがかかっての感想だって理解できるから、傲慢な性格にならずに済みそうっていうか……婚約者に褒められなくても大丈夫、拗ねたりしない。

 褒められたらちょっとくらい調子に乗っちゃうかもだけど、年頃になって黒歴史化するレベルのことはきっと起こさずにいられる。はず。

 貶された場合はどうかな、腹は立つだろうけど泣いたり怒ったりはせずに我慢はできる。かな。


 ……うん、婚約者の反応が悪いものでも大丈夫。

 私には私を可愛がって、大切にしてくれる両親と侍女たち――家族がいるもの。


 私はカロル・ダヤン子爵令嬢。

 それ以外の“私”には、もうなれない。


 家族ご自慢の少し大人びたお利口さんのご令嬢を目指して、生きていく。

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