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開幕

また新作に手を出しました。初めましての方も、そうでない方も、是非 読んでみて

ください。

「……平和な夜だな」


 ビルの屋上から街を見下ろして呟いた。この下に居る人は、この平穏が途切れる瞬間のことなど考えもしていないのだろう。


「……そうだったら良いんだけどな」


「チュッチュー。黄昏たそがれてるとこ悪いけど、候補者リスト作ってきたッチュよー」


 相棒のチューミィが持ってきてくれた書類にザッと目を通す。ネズミのような姿とサイズにも関わらず、彼の仕事はいつもながら早くて正確だ。


「17人か。結構いるじゃないか」


「時間があれば、多分もっと見つけられるッチュ。捜索範囲も広げられるッチュし」


「いや、これだけ見つかれば十分だ。無闇に増やしても選定に手間が掛かるだけだから」


 今後は迅速に動かないといけない。丁寧に進めることも必要だけど、必要以上に細かくやると、きっと間に会わなくなる。


「で? マイナスエネルギーの方はどうなってるッチュ?」


「まだ僅かに足りない。このでは発生量が少ないようだ」


「まあ予想通りッチュね。どれぐらいで貯まりそうッチュか?」


「……明日の昼頃には、1体分に届くというところか」


 ようやく明日から、本格的に始めることが出来そうだ。長かったな……。


「全てはこの世界の為に……」「……チュ」


◇◇◇


 その日は朝から天気の良い1日だった。相変わらずビルの屋上だが、澄み渡った空がとても近くに感じられた。


「……一応聞くけど、ホントに良いッチュか?」


「……ああ。最初から決めていたことだ。それより、この近くに候補者がいないなんてオチはないだろうな?」


「大丈夫ッチュ。確認はちゃんとしてる……というか、何人かは目視できてるッチュ」


 チューミィが指差す先を見下ろす。


「なら問題ないな」


 これから、溜め込んだマイナスエネルギーを利用して、この星に眠る怪物を呼び起こす。地上に現れた怪物は、本能に従って破壊の限りを尽くことになる。街は廃墟となり、命を失う人も出るだろう。


「……いや、始めから分かっていたことだ」


 揺らぎそうになる心をじ伏せ、計画の第一工程を実行する。


「星に眠る黒き思念よ。闇を依代に目を醒ませ。モンステラ=クリーパー」


 術の触媒となる本を開き、呪文を唱える。本のページから開放されたマイナスエネルギーは地面へと染み込んでいき、異変はその直後に起こった。


「え?」「なんだぁ!?」「何コレ? なんかの撮影?」


 交差点の中央に魔法陣が浮かび上がり、それを見た人々が騒ぎ始める。ただ、当然こんなドッキリを仕掛けることが目的なんかじゃない。


「さあ……開幕だ」


 交差点のアスファルトを突き破り、植物のツルのような物が無数に生えてきた。それらの蔓は手当たり次第に周囲を破壊しつつ生長を続けていく。ある程度まで大きくなると、それぞれが絡み合い、大樹と巨人の中間のような歪な姿を形作った。


「しかし……随分とコンパクトになったな」


「マイナスエネルギーはギリギリだったみたいッチュね」


 記憶にあるクリーパーは、高層ビルをも悠々と見下ろす程の巨体だったはず。しかし目の前にいる個体は、せいぜいが4~5mといったサイズだ。


「でも、強過ぎるのは避けたかったし、予定通りといえば予定通り……チュ?」


「まあな。調整の手間が省けたというわけだ」


 そう考えれば、出だしは好調……なのかもしれない。


「よし、じゃあ最初の1人を決めるとするか」


 リストと照らし合わせて、パニックが起こっている街の中から候補者を探し出す。

 この場の雰囲気に飲まれて、一般人と同じようにパニックに陥ってしまう者もいた。まず、そういう人物は選定から外していく。


「おや、あれは……」


 それなりに見込みのあるのは何人かいるみたいだが、特に目に付く動きをしている少女がいた。

 転んだ子供がいれば助け起こし、逃げ遅れた老人がいれば背負って安全圏まで運んで。人の流れに逆らうように、道路を行ったり来たりしていた。


「あの子、何やってるッチュかね? まさかレスキュー隊か何かッチュ?」


「どう見ても一般人だろ。というか、彼女もリストに入ってるが調べたんじゃないのか?」


 俺の記憶やリストの記述が間違ってなければ、候補者は全員が未成年だったはずだが。


「いや、だって……」


 チューミィの言いたいことも分からなくはない。こうしている間にも、彼女は更に3人の避難に手を貸していた。


「……ぷっ、くくく」


「なに急に笑い出したッチュ」


「1人目、彼女にしよう」


 表情を見るに、チューミィは乗り気じゃないようだけど、俺は彼女が良いと思った。


「実態はどうであれ“正義の味方”をやってもらうんだ。彼女みたいなタイプは正に打って付けじゃないか」


「まあ、それでいいなら任せるッチュ。それより……急いだ方がいいみたいッチュよ?」


 視線を戻すと、彼女が子供の上に覆い被さり、更にその上から大きな瓦礫が降ってきているところだった。

 折角みつけた第一候補。何も始まっていない内から失われてしまうのは困る。


「行ってくる」


 白いローブに身を包み、目深にフードを被って、衣装を整えた。


◇◇◇


「ん、うぅぅ……」


「気が付いたかね?」


 我ながら、この口調は中々に滑稽だと思う。隠し事をするときは、下手に隠すよりも敢えて胡散臭くする方が逆に怪しまれない、というチューミィのアドバイスだが、本当に効果があるのだろうか。


「そうだ、あの子は!? っていうかここドコ!?」


 混乱している様子だが無理もない。何せ、この空間には俺と彼女の2人しか存在しない。それ以外に見えるのは、果てのない真っ白な世界だけ。見様によっては、死後の世界とも取れるかもしれない。


「心配するな。彼は無事だ。それにしても、真っ先にするのが他人の心配とはな」


 空間の外の景色を写し出す。彼女が庇った男の子は、他の人と一緒に安全な距離まで避難できていた。


「良かったぁぁ……。ってアレ? あの、アナタは? ていうか私はどうなっちゃったんですか……?」


「ふむ……まあ順に答えていくか。私は……そうだな、『アーク』とでも名乗っておこうか」


 当然だが、本名を名乗るつもりはない。


「アーク……さん?」


「ああ、それでいい。ともかくだ。『朱本しゅもと愛奈あいな』、君は魔法使いとなる資格を持っている。私はそれを伝えに来た」


 ようやく本題だ。さて、どう出る?


「何で私の名前を……? っていうか、魔法使い!? 私が!?」


「魔女、魔導師、魔術師……。それに魔法少女か。呼び名は何でもいいが、要するにそういうたぐいの力を操る者。そして――――」


 一拍置いて、彼女が食い付きそうな餌を放る。


「――――あの怪物に対抗できる者だ」


 そう告げた瞬間、彼女の表情が変化した。


「私が……アレを倒せるんですか?」


「ああ。あの程度なら初陣でも余裕だろう。ただ――――」「やります」


 食い気味の返答だった。こちらとしても好都合だが、メリットだけ提示するのはフェアではない。ちゃんと説明した上で、了承してもらいたいものだ。


「話は最後まで聞きたまえ。心配しなくとも、この空間は外界とは時間の流れが違う。長話をしても外では僅かな一瞬だ」


 渋々といった感じだが、納得はしてもらえただろうか。


「まず1つ。敵はあれ1体だけではなく、途中で辞めることは認められない。終わるときは、全ての敵を倒したときか…………君が死ぬときだ」


「死……!? その可能性もある……んですね」


「もちろん、そうならないように私も手助けしよう。が、戦いに絶対はないからな」


 魔法が使えても、別に不死身になったりはしない。戦う力を持つだけで、それは兵士が銃を手にするのと同じことだ。


「2つ。命懸けの戦いになるとは分かってもらえたと思うが、やったところで特別な対価はない」


 メジャーなところだと『戦う代わりにどんな願いでも叶えられる』なんてことがあるが、この戦いにそんなものはない。強いて言うなら『魔法を使えるようになる』こと自体が対価である……というのは詭弁だろうか。


「最後に……忠告とは少し違うが、この戦いは絶対に君がやらなければならないということはない。候補者は1人や2人ではなく、日本だけでも数十人はいると考えている」


 この周辺地域を半日調べるだけで17人だ。十分な時間を掛ければ、数十人どころか数百人は見つかってもおかしくはない。


「……でも、それなら何で私に声を掛けてくれたんですか?」


「そうだな。怪物が現れてから私が声を掛けるまでに、君はいったい何人を助けた?」


「え? えっと……何人だっけ?」


 自分でも分からない程に……いや、特に気にしていないだけか。


「つまりそういうことだ。素質さえあればスタートラインには然程さほどの差はないからな。能力よりも()()で選ばせてもらった」


 心臓―――もとい、心を指す。この気持ちは本心だ。


「そうですか……。うん、やっぱり……やります。私、魔法使いになります!」


「……分かった。ならば受け取りたまえ」


 本を開くと、ページから抜け出るようにして小さな光球が現れた。そして、それは彼女――――愛奈の元へと漂っていき、その胸に吸い込まれていった。


「誕生おめでとう。新たな魔法使いよ」


「……これで終わりですか? なんか、一瞬すぎて自覚が……」


「なること自体の意味は小さいからな。重要なのは、魔法使いとなって何を成すかだ」


「……! はい! って、そういえば魔法ってどうやって使えばいいんですか? 呪文とか、魔法陣とか……っ!?」


 彼女は途中で言葉を切り、困惑した感じで周りを見回した。どうやら届いたようだな。


「魔法は使用者のイメージによって生み出され、行えることの限界は実質的に存在しない。今みたいに、“魔法を使っている君の姿” を君の意識に送り付けたように」


 まあ大規模な事象を起こすには、相応の魔力が必要にはなるが、それは魔法を使っている内に自然と増えていく。


「今のイメージで、使うときの感覚は掴めただろう?」


 では実際にやってもらおうか。また別のページを開いて、本から2つの()()を取り出した。


「チュートリアルだ。この武器と鎧をプレゼントしよう。ただし、形を与えるのは君自身だ。好きなデザインを思い浮かべ、これらをその姿へと変えてみたまえ」


 2つの物体は、あえていびつな塊として取り出してあった。このままでは何の用途にも適さないだろう。漬物石や投石には使えるだろうか。


「イメージ、イメージ……」


 愛奈の呟きに反応してか、2つの塊の形が整えられていき、それぞれが装備として固定された。


「……魔法使い、いや、魔法少女だな」


「……もっとカッコよくするつもりだったのに」


 武器は長めのステッキに、鎧はミディスカートのドレスのようになっていた。どちらも戦闘用の道具には見えないが、性能は使用者の意思1つでどうとでもなる。


「では最後に指針を送ろう。何でも出来るといえ、実際に全てを操るのは困難だからな。……“炎”。人を暖め、行く先を照らし、ときには悪を焼き払う。君には炎の力が似合うだろう」


「炎……。分かりました。何かが見えた気がします」


「では行きたまえ。万が一があれば私がフォローしよう」


 彼女は頷いて、ステッキとドレスを手に取る。その身体を球状に渦巻く炎が包み、そして火の粉が散り、少女は戦うための姿で立っていた。

 こっちの言葉に影響されたか、まとったドレスや髪が、燃えるような赤に染まっている。


「いってきます」


「ああ。頑張りたまえ」


 僅かなやり取りの後、空間に作った扉から彼女は出ていった。今はまだいいが、いずれは自力でこの空間を破れるぐらいになってもらいたいものだ。


「……じゃないとこっちの計画にも差し支えるからな」


◇◇◇


「お帰り~。どうだったッチュ?」


「快く引き受けてくれたよ。1人目から断られてたら先が思いやられるところだったな」


「チュッチュッチュ。違いないッチュ。おっ、早速 始まったッチュ!」


 眼下の街では、避難が遅れた人々に向かってクリーパーが触手を伸ばして、そして誰かに当たる前に壁状になった炎で触手を焼かれているところだった。


「これでクリーパーは彼女を敵と認識した。さて、お手並み拝見」


 少女は人々が無事なことを確かめると、クリーパーに向かって真っ直ぐ突っ込んでいった。自分に伸ばされる触手は左右に回避し、上から叩き付けられた太い蔓も、大きくジャンプして避けきった。


「おお~。ナイスジャンプ。ってちょっと跳び過ぎじゃないかッチュ?」


 彼女は一跳びでクリーパーの頭上まで到達していた。本人の驚いたような表情からして、意図したものではないのだろう。


「制御がまだ未熟だな。しばらくすれば慣れるだろうが」


 しかし愛奈の行動は正解に近い。瞬間的に大きく動いた為、クリーパーは彼女の姿を見失っていたからだ。意識しての動きならより完璧だった。


 そして、当事者全てが意図しない出来事が起こっても戦いは止まらない。先に動いたのは愛奈の方。

 上空で彼女は杖を振るう。杖の先端が描く軌跡に沿って、クリーパーの身体を炎の線が駆け抜けた。

 身体を焼かれて、クリーパーは大きく仰け反る。仮に声を出せるのならば、悲鳴の1つでも上げていたに違いない。


「……見てるだけっていうのも、暇なもんだな」


「そりゃそうッチュよ。じゃあ手伝いに行ってみるッチュか?」


「それじゃあ意味がない。そもそも()()って分かってるだろう?」


 チューミィもそれは分かってるようで、提案したのは冗談だと笑っている。


「だがまあ……フォローするとは言ったからな」


 クリーパーは四方八方へと蔓をばら蒔いていた。悪あがき染みた無差別攻撃だろうが一般人も巻き込まれかねない。そして、愛奈はまだ、それらを全て防ぐような力量には達していない。

 彼女に代わり、蔓の着弾地点を1つ残らず障壁で覆った。当たった者はいない……はずだ。


「後は君が終わらせるんだ」


 上空の愛奈に視線を向ける。意識したのか、ものの弾みなのか、飛行の魔法も使えているらしい。

 彼女もこちらを見付けたようだ。さすがに声が届いたとは思わないが、表情を引き締めたのを見るに、気持ちは伝わった様子。


 愛奈は杖を高く掲げ、魔力を集中させている。僅かな溜めを経て、杖には大きな炎がともった。

 下手に小細工をろうするのでなく、シンプルな方法を取ったわけか。良い判断だ。


「それじゃあ後は手筈通りに。しばらくは彼女のサポートに就いていてくれ」


「了解ッチュ。魔法少女にはマスコットが付き物ッチュからね~」


 火柱に飲み込まれるクリーパーを背景に今後のことを確認し合った。並行してやるべきこともあるし、愛奈に付きっ切りというわけにはいかない。連絡役と彼女のサポートはチューミィにお願いする。


「――――というわけだ。何か知りたいことがあれば、彼から聞いてくれ」


「これからよろしくッチュ!」


 戦いを終えた愛奈を転移の術で呼び出して、チューミィを紹介した。


「わぁ……。うん、こちらこそよろしくね」


「では私はこれで。チューミィ、何かあればすぐに連絡してくれ」


 返事を聞かずに、次の目的地へと転移した。その先で待つ高層ビル。それは……警視庁本部。

とりあえずネタ思い付いたら全部書こうとするスタンスは改めるべきと思いました。今度は1話あたりを長くして、短く書き切れれば――――いいな。

他の作品ともどもよろしくお願いします。

感想とかポイント入れてもらえたら、凄く励みにもなりますので……。

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