2・ルミエーラ そして、再開へ……
胸がかつて無いほど高鳴り、心臓は早鐘みたいに蠢き出す。
「貴女はここで待っていて下さい。良いですね、何があろうとも、指示があるまでこの場所で待機です」
「わ、わかりました」
目の前には奥へと続く長い通路。その奥には木製の扉。
レインホルスと名乗った執事がその長い通路を歩いて行く。
あの扉の向こうに、レイ坊ちゃまがいらっしゃる。
あまりの懐かしさに、涙腺が緩んでいくのを覚えた。
正直、この屋敷に入る数分前まではあの執事に殺されるかと思った。
「執事の仕事、執行させて頂きます。塵は塵に灰は灰に……」
ボソリと呟きながら、暗い瞳で近付いて来たときは心底死を覚悟した。
どんな育ち方をしたか知らんが、あの若造(今の私より年上だが)人を殺してもガラスコップを割ったぐらいにしか感じんタイプの人間なのはすぐにわかった。
前世の若かりし頃ならいざ知らず、いや、正直前世の全盛時であっても、あんな狂犬みたいな男と戦うなんて真っ平ごめんじゃと言いたい。
あまりにも能力差がありすぎて逃げることさえ叶わん。
だからこそ、あの時の私は祈ったのだ。次があるかはわからんが、せめてすぐにでも動ける犬か何かに生まれ変わりたいと。喩えどんな姿になろうとも、今度こそレイ様にお仕えしようとな。
だが、今にも殺される寸前で何を思ったのか、あの男は刃を止めて私の出自を問いただした。
意味が分からなかった。
まったく分からなかったが、どう言うわけかレイ様へのお目通りを許可して貰える運びとなった。
「一体何を考えているのやら。まぁ、レイ様に話を通して頂けたと言うことは、あの執事の一存で殺されることは無いとは思うし、レイ様がそんな恐ろしい行為を許可するとは思えないですし……いや、まさか! 実はここはレイ様のお屋敷では無く、好色な禿げデブの巣窟だとか!? 己あの腹黒執事!」
「誰がなんですって?」
「ぎょぎゃー!!」
「ッ! 何て声を上げてるんですか」
「出たな、この婦女子を拐かす変態犯罪者!」
「だれが変態犯罪者ですか」
「私を淫乱な禿げデブに売りさばく気ですね!」
「は? 私はレイ様の執事ですよ。主の名声に泥を塗るような真似は誓ってしません。わかりましたか、脳内ピンクの好色本集めが趣味な娘よ」
「だ、誰が脳内ピンクで好色本集めが趣味ですか!」
「五月蠅い! 私、今非常に不機嫌です。それ以上騒ぐのなら、レイ様のお手を煩わせるまでも無く、本当に頭を首から引き抜きますよ?」
「……ごめんなさい」
「よろしい、付いてきなさい」
思わず素直に謝ってしまった。
だって、本当に痛いことをしそうな目をしてるんだもん、このクソ執事。
いや、痛いことと感じる内は幸せレベルなことをしかねない、そんな犯罪臭漂う目付きだった。
「どうしました、余計な雑念は捨てて早く着いて来なさい」
「あ、はい」
ふぅ、考えに浸る間もくれんわい。
それにしても、私がルーデリア子爵家が治める町に着いたのが今から二週間前。その数日前にお屋敷から追放されたと聞いていたが……
時系列的に考えれば、この屋敷に着いた時間は私とレイ坊ちゃまにそう差は無いはず。
あっても二日か三日、と言った所だろう。
なのに、随分と屋敷の中が綺麗だ。
私がまだらに思い出した記憶が確かなら、この屋敷が建てられたのは先々代のご当主様の時代。だが、その数年後には諸外国との関係が悪化してからは、今のお屋敷がある町に居を移された。
ルゼルヴァリアの鬼神と称されたヴェーナ様は、それ以来町を離れることが出来なくなりこのお屋敷は半分捨てられたような状況じゃったはず。
私の生前の頃ですら半ば廃墟みたいな屋敷だったはずだが、それにしても古めかしさはあれど随分と手入れが行き届いている。
実の子を追放するようなご当主様が、わざわざ屋敷を手入れしてからレイ坊ちゃまを追放したとは思えん。
なればこの屋敷に到着してから修繕したのか、それとも追放を予見して前もって手入れしていたのかは分からぬが……
おそらくそれを行ったのは、このレインホルスとか言う執事だろう。
ボディーガードとしての腕だけが一流なのかと思ったが然にあらず。抜かりなく屋敷を管理する手腕と言い、恐ろしいほどの計画性と先読みで動いている可能性がある。
もしかしたら、前世の私以上に優秀かもしれん。
それにしても、だとしたら何者だろうか?
私の生きていた時代に、レインホルスと言う名の執事はおらんかったはずじゃ。
……ぬむぅ、わからん。
コンコンコンコン――
「私です、お連れしました」
あ、やば。考え事をしている内に何時の間にか扉の前に着いていた。
ああ、いかん! これはいかんぞ!
よよ、余計なことに気を取られ、覚悟が決まる前にここまで来てしまうとは!
……そ、それにしても、レレレ、レイ様はどのようなお姿に成長されたのか?
気になる! き、気になるけど、気になったままで終わらせたいような、でもやっぱり会いたいような!!
い、いかん、今の私は、ルミエーラ・カーヴェルなのか、ジョドー・ギュンターなのか分からなくなってきたぞ……
「ああ、どうぞ」
聞こえてきた声音。
こ、これが大人になられた今のレイ坊ちゃまのお声。
バクン……バクン……
心臓が、まるで重厚な扉閉めた時みたいな音が鳴る。
緊張で、今にも倒れそう……
カチャリと物静かに開かれた扉。
爽やかなお茶の香りがふわりと私を包み込む。
トクン……トクン……
お茶の香りと共に、あれほど暴れ回っていた心臓の音が静かに落ち着いていく。
そうじゃとも。
何も緊張することはない。
あのお優しいレイ様と再会するだけなのよ。
そう、この安らぎの香りのように、穏やかに、普通を気取れば良い。
「お、おひさ……初めまして、レイ・ルーデリア様! 私、ル、ルミエーラ・カーヴェルともも申します! どど、どうかおおぉお側でお仕えさせて下さい!!」
転生して初めての再会は、おもくそ声が裏返った挙げ句に噛みまくったのじゃった……