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2・ホルスト 盛大なる誤算

「執事の仕事、執行させて頂きます。塵は塵に灰は灰に……」



 やっとこの無駄な時間が終わる。


 邪魔な者(ゴミ)さえ片付けてしまえば、後は私とレイ様だけの時間。


 冷静に、ただ冷静に外堀を埋めれば良い。レイ様を手折る時間は無限にあるのだから、焦らずに全てを舐り尽くせば良いのです。


 まぁ、そういった意味では見知らぬ小娘よ、貴女にも感謝しておきましょう。


 こういったハプニングは漫然とした時間にスパイスとなります。ほんの少し、隠し味程度のスパイスは人生において必要な刺激。そう、レイ様が私をますます必要だと自覚させる為にはなくせない刺激なのです。


 まぁ、まさか移り住んだ次の日に襲撃されるとは思いませんでしたが。


 出来ればもう少し先であった方がスパイスとしては上出来だったでしょう。


 ……いや、今日で良かったのかも知れませんね。


 正直、あの時の私は、レイ様を前に我慢出来る自信が微塵もありませんでしたから。



「ありがとう……この言葉を手向けに、貴女を向こうの世界に送り出してあげましょう」


「何、の礼かしら……」


「死にゆく貴女は知らなくても良いことです」



 私が振り下ろした刃に、咄嗟に反応してナイフで受け止めようとする。


 反応は悪くない。惜しいですね、せめて枯れ果てたロートルならお雇いするように進言しても良かったかも知れません――なっ!


 私は思わず慌てて横に転がる。



「へ?」



 娘も何が起きたのか分からずに目をしばたたかせる。


 何をされた訳でも無い。ただ、現実として厄介なことが起きたかも知れないと私の心が警鐘を鳴らす。



「貴女、名は?」


「何かしら? 名前を聞いて私に呪いでも放つつもりかしら?」


「軽口は結構です。真実だけを語りなさい。死にたければ永劫に黙るも良し、万が一を掴むチャンスをふいにするのも貴女の自由です。私の与えたチャンスをどう思うも貴女の自由ですから」


「ぐぅ……チャンスなんて与えられた気が欠片も……わかった、わかったわよ! そんな目で睨まないで! 私はルミエーラ。ルミエーラ・カーヴェルよ!」


「ルミエーラ・カーヴェルですと……」


 その名に、思わず鼻先をぶん殴られたような衝撃を受ける。


 これが、レイ様から与えられた体罰だったなら、どれほど心地よかったことか……



「そのカーヴェル家の者が何をしにこの地に来たと?」


「レイ様です!」


「レイ様が何だと?」


「私、レイ様の執事……じゃなかった、メイドになりに来ました!」


 恐らくその言葉に嘘偽りは無いだろう。


 ああ、それにしても何たる地獄、何たる無慈悲。


 まさか、この娘がカーヴェル家の者とは。


 嘘か? あそこはただの成り上がりの豪商とは言え、それでもこの小娘は間違いなく令嬢にあたる。その令嬢がわざわざメイドになるなど、どして考えられ……


 いや、しかしあのナイフは間違いなくカーヴェル家の家紋が入っている。


 それに私の記憶が確かなら、カーヴェル家の一人娘の名はルミエーラだった。


 ……これは、厄介なことになりましたね。


 敵が只のクソ雑魚貴族なら根絶やしにすれば済む話ですが、カーヴェル家の者となればそうは行かない。



「もう一度聞きます。貴女は、レイ様に害をなしますか?」


「そんなことは絶対にありえません! 私はただレイ様にお仕えしたいだけです!!」



 ぐぬぅ……


 どうする?


 気が付かなかったことにしてここで消してしまいましょうか?


 いや、しかし……


 よもや、カーヴェル家とは……



「一応確認しておきます。が、その前に執事イヤー発動」


「執事イヤー?」



「執事イヤーとは愛おしき主をお守りすべく、あらゆる嘘を聞き分け、喩え千里離れていようとも主の助けを求める声を聞きつける能力です」


「な、なんですか、そのデタラメな能力は!」


「冗談ですよ」


「冗談って……それに愛おしき主って……」


「そんなことはどうでも良いのです。それよりも貴女、まさかレイ様の才能を知った上で、カーヴェル家より籠絡するよう命令されてきた訳じゃ無いですよね?」


「籠絡!? ち、違います! 私は純粋にレイ坊ちゃまにお仕えしたく!」



 ……チッ。今の声音に嘘は無いな。


 と言うことは、純粋にレイ様にお仕えしたくて来たということか。


 それはそれで余計に厄介だ。


 カーヴェル家――


 私がレイ様を手に入れるべく画策した際、利用させて貰った豪商だ。


 元々はうだつの上がらない商人だったが、ここ数年は茶葉の収益で成り上がった一族だ。


 元船乗りであるという強みを利用し、北限航路の開拓や海賊どもが横行する航路からの仕入れを増加させるなど、かなりな無茶をやらせた。


 レイ様の味覚を使って見つけ出した茶葉で莫大な利益を生み出した嗜好品茶葉の事業。


 ウィンウィンの関係とも言えるが、正直、カーヴェル家の力あってこそ今のレイ様と私の二人だけの生活を成り立たせることが出来たとも言える。


 ……そう、カーヴェル家に莫大な利益を生ませることで嗜好品税を成立させ、カーヴェル家からは事業税を、民衆貴族には幅広く嗜好品税を課すことでルーデリア子爵家のどういしょうもなく傾いた懐事情を回復させるのに成功させたのだ。


 ぶっちゃければ、私はレイ様の能力を使いレイ様が生み出した税金を運用させることで、レイ様をルーデリア子爵家より買い取った(みうけできた)のだ。


 ここでカーヴェル家の内々の事情がどう動いているのかはわからないが、一歩間違えればカーヴェル家がヘソ曲げる恐れがある。


 まぁ、カーヴェル家如き、最悪根絶やしにしても良いのですが、そうなるとルーデリア子爵家との間にいらぬ隙を生み出す可能性がある……



「ぐ……ぐぬぬ……仕方がありません。ここは断腸の思いですが、レイ様にお目通りする機会を貴女に与えましょう……」



 力強い視線で訴えかける小娘を前に、私は自分の想定外の事態を心の底より嘆くのであった。

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