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1・ホルスト 黒執事の忠誠

何とかホルストの変態性を抑えるのに成功しました

 館に出入りを許可された御用達が持ち運んだ食材。


 一つ一つ目と嗅覚をフル動員させ検品を繰り返す。


 違和感は無し。


 毒などの心配は無さそうだ。


 最もレイ様の能力は唯一無二にして天からの与えられた希有なる才。


 あの戦うことしか能の無い屋敷の無能どもとは根本が違う。そのことぐらいは理解はしているでしょうが……


 とは言え、レイ様と同じ血を引きながら兄に嫉妬することしか出来無いあの愚弟のこと。


 何をしでかすかわからないのも事実。警戒を強めておく必要はあるでしょうがね。


 とは言え、あの愚弟が居たおかげでこうしてレイ様と二人で過ごすことが出来るようになったのだから、その点の価値だけは認めますがね。



「さて、あとはこちらの箱ですが」



 厳重に梱包された木箱。


 中身は何て事は無いただの茶葉だ。


 だが、この茶葉……今やルゼルヴァリアにおいて知らぬ者無き嗜好品と化している。


 当たり前だ。


 神の味覚と嗅覚を持つレイ様が厳選しブレンドした茶葉なのだ。


 たかが茶葉、されど茶葉。


 毎日口に入れる物とは、それ一つ当てるだけで莫大な利益を生み出す。


 レイ様はその優れた味覚を幼き頃より発揮し、天性の才で茶葉をブレンドした。


 それが、戦うことしか能の無い野蛮なルーデリア子爵家に莫大な財を生み出し……やめよう。


 そんな余計な考えは雑味と成りレイ様への愛を曇らせる。


 全ての検品を終えたあと、自らの舌を持って毒味をして作り上げたロールケーキ。


 レイ様は少女のように見目麗しいが、味覚は意外なことにビターを好まれる。



「しかし、今日は未知なる茶葉の試飲……コーヒー豆を使った少し甘めのチョコレートも用意しておきますか」





 空のカップに差し湯を注ぐ。


 レイ様は御自身が行われている事業の素晴らしさと有用性を知らない。


 武を重んじてきたルーデリア子爵家において、戦う能力が欠如した自分を恥じているからだ。


 だが、破綻寸前であったルーデリア子爵家の財政を立て直したのは、レイ様の功労があってこそ。


 それをレイ様は知らない。


 もっとも、それを私がお伝えしていないというのが大きいのですがね。


 そして、これからもその真実をお伝えする気は無いですし、伝えようとする者が居たら美しく咲き誇る花の肥料にしてさしあげるつもりです。


 ……おっと、いけない。


 余計な感情は茶葉に苦みを生み出してしまいます。


 心を落ち着かせるべく覗き見たレイ様の顔は、自身の仕事に誇りを持てないままの弱々しく儚げな表情と、新しいお茶にである喜びを隠せずに居る。


 ……ああ、何と愛おしいのか。


 私はレイ様のこの憂いを纏った瞳と表情が、何よりも愛おしく感じます。


 今すぐ組み伏せてしまえたら……と、今日の私は随分と雑念が多いですね。


 まだ初日じゃ無いですか。時間はタップリとあります。


 丁寧に育てたチューリップも、咲く直前が落花しやすいものです。


 やっとここまでこぎ着けたというのに、自ら摘み取るような真似をしてどうすると言うのか……


 じっくりじっくりと丹念に時間をかけて籠絡し尽くせばよいのです。


 それにしても、ロールケーキを取り上げようとしたら……ああ、何て表情をされるのでしょう。


 ……そんな顔をされたら我慢出来なくなるじゃ無いですか。


 貴方にお仕えして十数年……


 今日はまだ本邸を離れてから迎えた初日に過ぎませんのはわかっています。


 わかっていますが、ですが十数年も我慢したのです。それだけ我慢したのですから、もう我慢しなくても良いでしょうか?


 良いですよ、ね――


 それは、不意に私の領域に入った何者かの気配。



「どうした、ホルスト?」


「レイ様、何者かがこの敷地に近づいてきております」


「ッ!」



 戦いを得手としないレイ様の表情が凍り付く。


 己、己、おのれ……いったい何者が私達の世界に踏み込んだと言うのか?


 無粋な下郎め。



「やれやれ、うららかな春の陽気だと言うのに、私とレイ様の愛……巣に忍び込むなど、何たる無粋」


「……ほるすと?」


 おっと、いけませんね。


 怒りのあまり思わず本音がこぼれ落ちそうになりました。


 何時までもレイ様のお隣に居たいところですが歯止めがきかなくなりそうなので、職務を全うしに行くとしましょう。



「レイ様、ご許可を」


「え、あー……うん、任せた」



 レイ様に多くを語る必要は無い。


 そう、レイ様を害する者が居るのなら、それを排除することこそ私にとって最も重要な職務なのだから。



「御意。レイ様は万が一に備えて、お屋敷の中にお隠れくださいませ」


「わかった」



 足早にその場を離れながら、ハンカチを鼻に当てる。


 先ほどレイ様の肩に付いていた髪を包んだハンカチ。



「ああぁぁ……布越しでも伝わってきます、何という麗しき芳香(ルーヴェナー)……ハァ……」



 思わずこの地上で最も美しい言語と称される古代精霊語エンシェント・アールヴで口ずさみたくなる芳香。


 茶の香りなど、レイ様の香りに比べれば、雑草の香りも同じ。


 ん……はぁ……レイ様……



「……と、いけません。まずは無粋なる輩を綺麗にお片付けしませんと。香りを堪能するのは後からでも出来ます」



 大切なレイ様の残り香(ハンカチ)を胸ポケットにしまい、代わりに手には双剣を構える。


 レイ様の香りに満たされ、脳の奥が痺れていくような高揚感に思わず笑いが込み上げてくるのをなけなしの理性で抑え込む。


 そう、ここからは手慣れたお掃除のお時間です。

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