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1・レイ 令息の依存

改稿で一度消してますが、プロローグにホルストとルミエーラ視点の2話を追加しました。



「ふぅ……今日は良い天気だな。この地に来た日の天気が嘘みたいだ」


 ガーデンチェアの上で伸びをして見上げた空には雲一つ無く穏やかな風が吹いていた。


 そんな風の中にカラカラとキャスターの奏でる音が混ざり近づいてくる。


 いや、そよ風に混ざるのはキャスターの音だけでは無い。鼻孔をくすぐる若草の香りも混ざり漂ってくる。そして、若々しい張りのある香りの中には野の花にも似た甘い香りも溶け込んでいた



「レイ様、お茶の準備が出来ました」



 ホルストがガーデンテーブルに茶器を並べていく。 


 これが、家を追われた私が唯一与えられた仕事。


 おおよそ国土防衛を担ってきた子爵家の嫡男だった者が胸を張ってするような仕事ではあるまい。


 が、私に与えられた仕事はこれだけだった。



「レイ様、今日のお茶になりますが」


「いや、せめてそのぐらいは当てさせてくれ」


「ご随意に」



 トポトポと注がれるお湯。辺りに更に芳香な香りが広がる。



「この香りは……西の大陸、北方の雪原にだけ葉を付けるアーレンの緑茶か? いや……それにしては香りが強いな。この茶葉はゼルガリア航路を大きく迂回し潮風に晒される香りがもっと弱くなるはずだが……」


「流石ですレイ様、このお茶は間違い無くアーレンの緑茶です」


「だが、私の知る茶葉よりも随分と香りが強いと思うが」


「実はしばらく前のことになりますが、北方航路が解放され新規航路から仕入れることが出来るようになったのです」


「そうか……研ぎ澄まされた良い香りだが、この香りだとルゼルヴァリアの香草料理に対して些か強すぎるな。味のわからない権威好きの舌にはわからないだろうが、舌の肥えた漁師達の口には強すぎるかも知れない」


「なるほど、では貴族にはこのままを新茶として売り出すと言う事ですね」


「ああ、新航路で手に入れた茶葉と言えば新しい物好きの貴族は金に糸目を付けないさ。だけど、そのまま飲み続ければいずれは料理に合わないことを覚える者が出てくるだろう。これはハチミツの飴かケーキとの相性が良さそうだからそのことを伝え勧めたら良い」


「スイーツの習慣は下々の者にはありませんが、貴婦人達の定番ですからね。名案だと思います」


「町に卸す分は、ゼネシオンの下級茶葉に八対二で混ぜて呑みやすくしたら良い」


「慣れた味に少しだけ異国の味を混ぜるのですね」


「ああ、そうすれば完全なる新茶を飲む貴族のメンツも保てるし、民も新茶の恩恵を得られる」


「了解致しました。そのようにお伝えしておきます」



 幾つかのお茶を飲み終わり、一息つくとガーデンテーブルにロールケーキが置かれた。



「甘さは控えめで作りました」


「そうか、私の好みをよく理解しているな」


「もちろんでございます。生意気を言うことをもし許して頂けるのなら、レイ様のことはこの世の誰よりも私が理解しているつもりだと勝手ながら自負しております」


「はは……ホルスト、お前だけだ私のことをそこまで思ってくれるのは」


「何を言われますか、レイ様は我が太陽。マイロードの能力は余人に代えがたき希有なるものです。ただ武器を握り戦う能力など、古色蒼然とした古くさい能力に過ぎません」


「褒めすぎだ。それにその言は国を守る者達に失礼では無いのか?」


「武力は国防には必要な能力なれど、あえて言わせて頂きます。レイ様には必要ありません。レイ様にはそれにも代えがたき能力がありますから」


「そうであろうか?」


「自信をお持ちくださいませ。レイ様は……」


「私は?」



 ホルストのやけに艶めかしい指が私の前髪を撫で……



「……レイ様、肩に髪の毛がございました」


「そ、そうか……」



 ホルストは私の肩に付いた髪を取ると、懐から出したハンカチに挟む。


 一瞬、ホルストの距離感にドキリとしたが、ワイシャツに髪が付いていたのか。



「レイ様」


「なんだ?」


「人には向き不向きがございます。喧嘩が強い者もいれば反対に弱い者、魔術を得手とする者もいれば苦手とする者。そして人とは世間とは、得てして見え透いた力に固執し価値を求めます。私はレイ様にはレイ様にしか為し得ない力があると信じて、いえ、確信しております」



 穏やかな笑み。その笑みの向こう側に、老紳士の面影が宿って見えた。


 やれやれ、私には本当にもったいない執事だよ、お前は。


 ……だが、ホルストが私をこんなにも慕ってくれるようになったのはい何時からだっただろうか?


 私よりも四つ年上の執事。


 かつては、ホルストも……


 いや、それは昔の話だ。今のホルストは私にとってかけがえ無い片腕だ。



「レイ様、本日の昼食になりますが」


「このロールケーキを貰ったから十分だよ」


「いけません、昼食はちゃんと取って頂かねば。ただでさえお風邪を引きやすいのですから、食事をきちんと取って頂かないと。もし昼食を召し上がって頂けないとするなら」


「するなら?」


「このロールケーキは下げなければいけませんね」


「あ、そ、れは……」



 思わず手を伸ばした私に、ホルストがどこか意地の悪い笑みを浮かべる。


 甘い物は正直苦手だが、ホルストの作るケーキだけは別腹だ。


 特に苦みの強い茶を試飲したときは格別だ。



「……わ、わかった。ちゃんと食べるからそれは下げないでくれ」


「かしこまりました」



 ホルストが満面の、どこか黒さを感じる笑みを浮かべていたがそんな笑みに私もまた笑みを隠せずに居た。


 ……やれやれ、ホルストなしでは本当に何も出来ない男だな私は。


 そんなことを自嘲気味に考えていると、不意にホルストの纏う空気が変わった。



「どうした、ホルスト?」


「レイ様、何者かがこの敷地に近づいてきております」


「ッ!」



 私には何もわからない。だが、ホルストは私などとは比べ物にならない武芸の達人だ。


 冗談めかして自らを戦闘執事(バトラー・バトラー)と称するほどに。


 しかも、私とホルストしかいないこの屋敷に来るとは、まさか弟の私兵か?


 家督だけでは飽き足らずに私の命も奪いに……


「やれやれ、うららかな春の陽気だと言うのに、私とレイ様の――巣に忍び込むなど、何たる無粋」


「……ほるすと?」



 気のせいか、一瞬不穏な単語が聞こえた気がするのだが?



「レイ様、ご許可を」


「え、あー……うん、任せた」


「御意。レイ様は万が一に備えて、お屋敷の中にお隠れくださいませ」


「わかった」



 私に深々と頭を下げると、薄く微笑み溶け消えるみたいに気配を消した。


 ホルスト、私の気のせいで無ければお前、『私とレイ様の愛の(・・)巣』とか言ってなかったか?


 ……私がお前に依存しているように、お前もどこかで私に依存していたのか?


 いや、ただの……気のせいだよな?

もし少しでも楽しんで頂けましたら、フォローして頂けたりコメントして頂けたなら幸いです。

よろしくお願い致します。

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