プロローグ・ルミエーラ お嬢様、走る
後半だいぶ変わりました(推敲前のをのせてしまいました汗)
夕日を眺めていて時折思い出すのは、何時も小さくなって泣いていたあの子の記憶。
繊細で少女のように儚かったあの子は、今はどうしているのだろう?
また、寂しくて泣いているのだろうか?
元気に、しているだろうか……
チュン……チュチュン……
窓の外で小鳥たちの囀りが聞こえた。
「はぁ……」
……ここ最近、夢に見るのは遠い昔に見たかもしれない記憶。
何かの未練、なのでしょうか?
それとも幼き頃に見た絵本の記憶か……
情けない。何時までも何時までも答えの出ない記憶にすがるとか……
「お嬢様、ため息などつかれてどうしたのですか? あ、わかりました! 恋煩いですね。お嬢様も恋を覚えるお年頃になられたのですね!」
私の髪をとかしながら、メイドのキセラがくねくねと身悶えする。
主の髪をとかしながらしゃべくるとか、本当にしつけがなっていないのですから困りものです。
まったく……
この万年お天気娘のせいで、悩んでいるのが馬鹿らしくなっていけませんね。
「あ、お嬢様、そう言えば聞きましたか?」
「何をですか?」
「中央王都のお話です」
「中央王都と言うと、あの最弱国で有名な中央国の話ですか?」
「はい、他国からは地の利だけで運良く生き延びていると言われているあの中央国です」
「それが何か?」
「実は同じ人種が治める国として、ゼネシオン王国に同盟を持ちかけたとか」
「はぁ……長い歴史というプライドばかりで他国を見下してきたあの国も、ついに二進も三進もいかなくなった……と言うことでしょうか?」
「それが、そうでも無いらしいですよ?」
「え?」
「……えっと……アルフレッドだったかエルフレッドだかって魔導の天才が中王国に仕えたらしく、その天才がとんでもない魔術を生み出したとかって話ですよ」
「なんですか、その酒場の噂好きが適当に作ったみたいな話は?」
「お嬢様、作り話なんかじゃありませんよ! 現に先日お屋敷に出入りしている行商人から聞いた話ですが、アルトリアの北にあるエルディアン王国が僅か一夜で滅ぼされたと言う話ですから!」
「一夜……」
それは有り得ない出来事だ。
冷静に考えればどう考えても作り話と言えよう。
だけど、行商人は信用が命だ。
口の軽さや出所不明な噂を流したとなれば、信用はあっさりと失墜し商売人としては命取りになる。
……そんなリスクをおってまで、飲みの場の一発芸的な噂話をするとは思えない。
「その行商人とはラルクスですか、それともエルヴァーかしら?」
「ラルクスさんですね」
……ラルクス。マジメと実直が服を着たような彼が話したとなれば、眉唾な話ですが単なる噂とは言えないかも知れませんね。
「その、中王国のアルフレッドだかエルフレッドだか知りませんが、それに纏わる話は他にもあるのですか?」
「それが、あまりにも謎な人物らしく、年若い酷薄な目をした女性であるとか、恐ろしいほど高い鷲鼻の老人であるとか……」
「噂は錯綜しているのですね」
「はい、ただ各国でも中王国への警戒心を高めているらしく、最近ではルゼルヴァリアでも軍を再編して」
るぜるう゛ぁりあ……
「確か武闘派で有名なルーデリア子爵家が陣頭に立って指揮をしているとか」
「ルーデリア……子爵家!」
「お、お嬢様!? どうされたんですか、突然大きな声を上げて」
ルゼルヴァリア、ルーデリア……ああ!!
ドクドクと脈打つみたいに溢れ出てくる記憶。
そうだ、私はルーデリア子爵家の執事ジョドー・ギュンターだった……
いつも朧気に夢に見たあの少年の記憶は、夢や何処かで読んだ物語なんかじゃ無い。
あぁ……今一度ルーデリア家にお仕えするチャンスを神から頂いたというのに、さっさと地図の一つでも見ていればこんなにもあっさりと思い出せたというのに……
何故ずっとモヤモヤとした感情を抱えながら、こんなにも怠惰な時を過ごしてしまったのだ……
「キセラ!」
「はい?」
「今は何年の何月ですか!」
「先ほどから大きな声をだされて、どうされたのですか? 何か悪い物でも食べましたか?」
「質問に答えなさい!」
「は、はい! 西方歴158年になりますが……」
「158年……私が死んだのが確か144年だったはずですから、ざっと14年後くらいか……」
「お、お嬢様……?」
「キセラ、ごめんなさい……私、今日はあまり体調が優れないみたいなので、せっかく髪を整えてくれたのに悪いけど休ませていだだくわ」
「体調が優れなかったのですね、良かった。あ、申し訳ございません。体調が優れないことを喜んだ訳じゃないのです」
慌てるキセラに私は優しく微笑み抱える。
「大丈夫ですよ、私も少し混乱して言葉が荒くなってしまいました。そのせいで貴女を混乱させてしまったみたいですね、ごめんなさい」
「お嬢様……あ、私お薬と身体に優しい物を料理長に頼んできます」
「ええ、お願いします」
キセラがパタパタと慌ただしく部屋を出て行った。
……すまぬな、キセラ嬢。
さて記憶を整理するんだ。
恐らくこれは神聖法術にあると言う、転生の奇跡リンカネーションか何かの類いか。
……いかん、冷静に考えようとしても、頭が上手く回らない。
年の功を気取り、冷静を装ってみせているが……
だめですね、私の中にあるもう一人のルミエーラとしての人格が答えをまとめようとする気持ちを妨害する。
何をすべきが……
何をするのが正しいのか……
未練があったからか……何度も夢に見た前世の記憶。
いや、未練は誰しもがあって当たり前。未練一つ無く生きている者などいまい。
だったら……だったら?
そんなのは、決まっている。
いつかこの身体からジョドー・ギュンターとしての記憶が消えるのか、それとも一つに溶け合ってまったく別の物になるのか……
どうなるかはわからないが、今は全力で動くのみ。
キセラが戻る前に旅立ちの準備を終えるべく、取り敢えず机の中の宝石と金貨を詰められるだけ鞄の中に詰める。
路銀の確保はあっさりと終了。
この娘の家は茶の取り引きで財を成し、巨大な商船すら持つ豪商。
小娘が机の中にしまい込んでいる親から与えられた小遣いも、町人にとっては一財産となる。
さて、路銀は確保したが武器を小娘には売ってくれまい。
……そうだ。確か父が誕生日に護身用にミスリルのナイフをくれた。
誕生日プレゼントがミスリルナイフというのが、命を熟知した元船乗りらしいと言えば良いのかわかりませんが取り敢えず今は助かった。
引き出しの中の淑女の嗜み護身用セットに入れてあるミスリルナイフを三本、ガーターにセットして……
……はぁ。
ルミエーラとしての記憶と80数年老執事として生きてきた記憶が蘇ると、自分のこの格好をどう受け止めれば良いのか悩みどころだが、まぁ追々なれるじゃろう。
窓を開け――
「ごめんなさいキセラ。そしてサヨナラ、行ってきます」
待っていてくだされ……レイ坊ちゃま。このジョドー、いまその涙を拭きに参ります。
その日、私は懐かしきルゼルヴァリアを目指して旅立ったのであった。