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7.ホルスト 根絶やしの理由

 村は至って平穏、長閑なものですね。


 まぁ、私の目の前で防護柵を山積みにした荷馬車が右へ左へと走り、ご高齢の男女が年甲斐もなく武器を持っていますが。ああ、そうそう、数少ない若者達も眉間に皺を寄せて走り回っていますね。


 ですが、その他は実に静かなものです。


 ふむ、問題はなさそうなので、レイ様のお食事の準備をするためにお屋敷に戻りたいところですが、



『何事もなかったので帰還しました』



 では、流石に自分の無能を晒すことになるでしょう。何より、猪の群れ如きで些か大袈裟とは言え領主に上がってきた陳情。


 それを無視したとあっては、レイ様の名に傷を付けてしまいます。


 まずは猪を根絶やしにし、金輪際この村に手を出さないよう獣の脳髄にまで記憶させることが必要ですね。


 岩塩をばら撒いておいて、水場に毒を仕込む……では、後々の処理が面倒ですね。


 だからといって罠も確実とは言い難いですし。


 正直に言えば低脳な妖魔を召喚し防衛に当たらせるのが一番手っ取り早いのですが、頭の固い田舎の年寄りがそれを受け入れるとも思えません。


 やれやれ、手っ取り早く長期的に保護するという案はあっさりと詰みですね。


 猪の厄介なところはその巨体から繰り出される破壊力だけと思われがちですが、実際は以外とも言えるほど高い学習能力とあの体型からは想像も出来ない瞬発力や運動能力の高さです。


 堀を作ったところで泳ぎは達者、壁を築いたところで一メートルぐらいなら難なく飛び越えられる。


 何より、そんな物を増築する手間も予算もこの村にはありません。


 確か私の記憶が確かなら、猪の嗅覚は犬並みだとかどうだとか……


 やれやれ、相手の生態もよく理解していない聞きかじりの知識では対策方法も曖昧なものしか出てきませんね。


 レイ様の居ない空間に身を置くなど血反吐を吐く思いですが、ここは数日野宿をして猪の生態調査といきますか。



 木の上からの観察一日目――

 猪の群れを幾つか発見。

 身体能力はおおよそ私が予備知識として仕入れている情報と大差なし。

 性格は極めて神経質にして臆病(個体差有り)。

 目新しい物を見付けた際はまず嗅覚を使って確認している様子。


 木の上からの観察二日目――

 猪の群れに魔緒を発見。

 魔緒の生態としては猪と大差はあらず。忠志その身体のサイズは通常の猪の優に五倍。

 現時点では魔緒の身体能力の全容を知る術はなし。

 また猪・魔緒ともに全日活動を行って居る様子。



「夜行性と限らないところが、この生命体の存在を厄介にしているところでしょうね」



 私はブルブルと震える手を押さえながら、木の上でため息をつく。


 まずい、このままでは対応が思い付くよりも先に禁断症状が。


 懐に入れたハンカチを取り出し顔を埋める。


 全身を巡る血液に、得も言われぬ喜びの香りが駆け巡る。

 


「ああ、レイ様……早く貴方様の元に戻りたい」



 そうだ、獣如きにこれ以上悠長な時間など掛けては居られない。


 万が一にもレイ様に小娘の魔の手が伸びないとも……



「ああ、嗚呼! 一刻も早く戻らねば!! レイッ! さまあぁぁあぁあぁぁぁあぁぁあぁぁっ!!」


 ブキーッ!!



 それは、突然聞こえてきた猪の鳴き声。木の下を見れば魔緒が一頭驚き顔でこちらを見ていた。


 何ですか獣如きが私に威嚇するとは随分ですね。


 苛立ちを覚える私に敵意の眼を向けてくる魔緒。


 私が一体何をしたというのですか?


 どうせ近々根絶やしにされるのです。私におとなしく生態調査されていなさ――



 ドスンッ!!



 ぬぅっ!?


 突如足下を襲った衝撃。


 バキバキと音を立てて傾いていく景色。


 おのれ、獣の成れの果て崩れが私の行動を妨害するつもりか。よろしい、ならば今この場で貴様を八つ裂きにしてさしあげましょう!


 と、その時だった。まるで神の気まぐれ、悪魔のせせら笑いのように風が吹いたのは。


 ああ、嗚呼! 何ということだ!!


 このときの私を叱りつけるチャンスがあるのなら、喩え自分であったとしても血反吐が出るまで殴りつけてやりたい。


 私の身に何が起きたのか。そう、それはほんの一瞬の油断。だがそれは許されぬ油断。吹き抜けた風に攫われるみたいに手からすり抜けたハンカチ(レイ様の髪入り)。


 神よ……貴様は私からレイ様を奪おうと言うのか!!!



 ブキーッ!!


「やかましいっ! 畜生風情が私のレイ様へのぬああぁあぁぁっ!?」



 ひらり、ひらりと舞い落ちたハンカチがあろうことか魔緒の目の前に舞い落ちる。



「お、おのれ……我が身よ、加速せよッ!!」



 体内を駆け巡る魔素。まだだ、もっと声高く吠えろ、私の細胞よ!


 パンッ!


 と乾いた音を立て蹴り上げた虚空。


 音を後方へと置き去りにし、景色さえも虚空へと追いやり、肉体は超高速へと加速するが、


 ズンッ!



「ぬあ、あああぁあぁぁぁぁぁっ!! き、貴様……な、何ということを……」



 無残に踏みにじられたレイ様の残滓。



「おのれ、おのれぇえぇぇえこの偶蹄目のなりそこない風情めがあぁぁぁあぁぁっ!! よくも私のレイ様を! 残り香と髪とは言え足蹴にしてくれやがりましたねぇえぇ!!」






 その日、一つの種族がこの地方から消滅した、らしい――  

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