プロローグ・ホルスト 壊れている黒執事
すいません、他に1話を追加していたのですが、一節ごとに交互視点になるように改編します。
そのため、一つのシーンごとにレイ・ホルスト・ルミエーラの視点となります。
カッコウ、カッコウ……
朝靄の向こうから聞こえてくる鳥の鳴き声。
……愚かな鳥類め。誰がこんな朝早くから鳴いて良いなどと言いましたか。
もし、レイ様が寝不足になり体調でも崩したらどうするつもりですか? あの美しい肌に隈でも出来たら、この地から根絶やしにしてあげましょうか……
と、いけませんね。
レイ様は心優しい御方。どんなにつまらない下等生物とはいえ、一つの種がこの地上から消えることなど望みはしないでしょう。
まぁ、今はそんな下等種のことはどうでもいいとして、この地に来て初めての朝……
そう、私とレイ様二人きりの朝です。
事実を噛み絞めるだけで、込み上げてくる感情。
それは、誰にも穢すことの出来無い紛うこと無き喜び。
おちつけ、ホルスト。まだだ、まだ、この高ぶりを知られるのは早過ぎる……
「Be Cool……Be Cool……」
まじないのように繰り返しながら、脳の奥を凍て付かせていく。
この心が冷めることは無い。ただ、静かに心に雪を降り積もらせ誤魔化すだけだ。
そう、今はそれでいい、今は。
まずは、レイ様に挨拶をしに向かわねば。
カートに並べるブラシと桶、お湯を満たしたケトルにタオル。
「ここは新天地……」
レイ様はこの世の誰よりも愛らしく繊細な御方。ここの生活に慣れたなら湯にハーブオイルも良いでしょうが、ここはあえてオレンジをベースとした柑橘オイルの方が気持ちを落ち着かせるのには良いかもしれませんね。
人肌に温めた湯を満たしたケトルに柑橘オイルを数滴垂らす。
ふわりと広がるオレンジの香り。
「うん、少し薄目ですがこれくらいでいいでしょうか。これ以上は、レイ様の高貴な体臭が消えてしまいます」
カラカラとカートの車輪が奏でる小さな音が心地よい。
「ふむ」
上質な木材と腕の良い職人が作った屋敷。カートの音さえもたおやかな音色に変えるのですね。とは言え、私の記憶が確かなら築二百年を超える建築物。
レイ様が心を健やかに過ごされるためには、直さなければならないところが多いようですね。
まぁ、自然環境だけそれ以外は何一つ良いところの無いこんな辺鄙な所に移り住んだのは、私がそう仕向けたからですけどね。
……それはそれとして、私とレイ様の初めて朝です。
レイ様の生活に支障無きよう……何より、レイ様に私自身を警戒されないようにしなくては。
私は深呼吸を扉の前で幾度も繰り返す。
ええ、レイ様の部屋を訪れるこの一瞬は何時だって緊張に包まれる。そして、何よりも美しき一日が始まるこの世で最も愛おしき瞬間。
コンコンコンコン
「お早うございます、レイ様。お部屋に失礼してもよろしいでしょうか?」
そう、今日から始まるのだ。私とレイ様の、記念すべき二人きりの毎日が。