6.レイ その笑みの理由
ホルストが狩りに出て丸一日が過ぎた。
彼は優秀だ。私の、私だけの執事なのだからそれも当然だ。
計画能力や業務遂行能力をはじめとする、おおよそ執事に必要と思われる能力を高次元で備えるている。無論それだけでは無い。戦闘や芸術に至るまで、彼はありとあらゆる能力を高次で身に付けた。
ホルスト曰く『全てはレイ様のために』
彼ほど有能な執事はいないだろう。その才覚は、おそらく彼の祖父であったジョドー・ギュンターよりも秀でている。
ただし――
あくまで個の能力として、だ。
ホルストは誰よりも優れている。
もちろん持って生まれた才能だけでは無く、彼自身の弛まぬ努力があったからこそだ。
ああ、思い出すよ。
ホルスト、君が初めて我が家に来たときのことを。
私よりも年上であろう背丈を持ちながら、まるで日も当たらない路地裏に生を受けた雑草のように痩せ細っていたね。
ルゼルヴァリア人特有の褐色の肌なのか、薄汚れているだけなのかも分からないほどみすぼらしい姿だった。
そんな男がまさか歳老いてなお屈強だったジョドーの孫だなんて思いもしなかった。
うん、ジョドーから話は聞いたよ。
真面目過ぎて堅物だったジョドー。そんな彼と性格的に折り合いが付かずに飛び出した息子シュタインの忘れ形見だと。
シュタインは家を飛び出した後、名も姓も捨て、アルド・レインホルスと名乗り商船の船乗りになったと聞く。
だが、真実は少し違う。
表向きは商船の船乗りではあったが、ただの商船ではない。
武装商船――
ルゼルヴァリアが敵性国家に対してのみ略奪を許可した『私掠船団』の一つだった。
私掠船と言えば聞こえは良いが要は海賊だ。
僅か二十代で駆け上がるように船団を纏め上げ、三十代になる頃には幾つもある私掠船団の中でもずば抜けた統率力を持った一味になっていたらしい。
アルドの死は表向きは海難事故となっているが……
と、少し余計なことまで思い出してしまった。
そう、そんな会ったこともない故人の話はどうだって良い。
ただ、ホルストは間違いなくジョドーの孫であり、一代で財を成した男の血を引いている。
そんな二人に唯一劣る、いや、欠けている能力があるとすれば、それは他者との協調性だろうな。
「さて、どうなるか……」
誰にともなく呟き、紅茶を一口すする。どこかバラの香りを感じる心地の良い苦み。
椅子を傾け窓から見上げた空は初夏の光に抱かれどこまでも青い。
この青空の下、ホルストはどんな成果を上げてくれるのだろうか?
常識的に考えれば今回の任務、人一人で解決するには些か無理がある。
そんな任務をどう解決するのか……
他者との協調を選択するか?
それとも――
窓ガラスに映る私は、どこか意地の悪い笑みを浮かべていた。






