5.ルミエーラ 覚醒の野心
さて困りました。
十四年見ないうちに孫が斜め上の方向に成長をしていたのです。
や、まぁ斜め上というのならお嬢様に転生したじじぃの方が斜め上かもしれんが、それはそれとして深夜のホルストのあのはっちゃけぶりを誰が想定出来るだろうか。
『あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛……わ、私の、私のレイッさまぁあぁぁ!』
脳裏に焼き付いて離れない昨夜の絶叫。
脳は現実を拒絶しているはずなのに、心はその先を見せろとザワつく。
ああ、何て面倒臭いんだこのボディ。
しかし、純愛かもしれんが、あそこまで拗れてしまった感情はレイ様を傷付ける暴力となりかねん。
ホルストがそんな真似をすると思いたくはないが、行き過ぎた恋愛感情とは時に狂気を孕む。
そんな事態を防ぐためにも、いっそ私がレイ様を誘惑してしまおうか?
そうすればレイ様の血筋は守れるし、ホルストの狂気がレイ様を傷付けることはないじゃろうし、ホルストもまっとうな道を歩めるのではないか?
うむ、それが一番良い案かも知れない。
そうと決まれば、早速行動に移すとしよう。
「そう、考えていたときが私にもあったんじゃ……本当にのぅ」
中庭で一切微動だにせず武の構えをとったままのホルスト。
隙なんか欠片も見当たらない。それなのに足元に出来た地面の汗染みを見るに、いったい何時間あの構えをとっているんだ?
足腰の体幹や型を維持し続ける体力も凄いが、何より恐ろしいのはあの集中力を何時間も維持出来るところだ。
そして、あの猛禽類のような視線……
レイ様を誘惑するということは、あの視線に晒されるということか。
いかん、レイ様に近づけば人知れず物言わぬ骸に変えられそうじゃ。
レイ様誘惑作戦は私にだけ絶望的な未来が訪れる気がする。
うん、この作戦はキャンセルだな。
ならホルストを誘惑して、ゆ、誘惑して……誘惑?
誘惑出来るのか、アレを?
廊下の掃除をしていたらふと視界に入ったホルスト。
レイ様の執務室から出て来た横顔は、どう見ても恋する乙女の瞳だ。
愛は自由だ。相手を傷付けない限り思いの丈を秘める必要は無いとは思うと、このボディが訴え掛けている。
うむ、私もそれで良いとは思う。良いとは思うのだが……
バキバキに鍛えに鍛え、暗殺さえも余裕でこなすような男の乙女の瞳って、どこに需要があるのか。
いや、それよりも孫を誘惑するじじぃって、どう考えても犯罪だよなぁ……
そんなことを思っているとこちらの視線に気が付いたのか、ホルストとふと目が合う。
あ、すげぇ嫌な目をしてる。それ、十四の少女に向ける目じゃないよ? 音は聞こえないけど、いま絶対舌打ちしてたよね?
ホルストの何とも言えない気配を察知した瞬間、私は脱兎の如く戦線から離脱した。
これ以上はやぶ蛇だ。
絶対酷い目に遭わされる。私の直感がそう告げていた。
「はぁ……はぁ……マズいな」
何がマズいって私の感情よりもこの身体が元のルミエールとしての記憶が、ホルストに恐怖している。思わず少女時代の言葉遣いが出るほどに。
そりゃ、出会い頭に殺されかけてるんだから仕方がないよな。
……仕方なくはあるが、それでもホルストは私の孫だ。
前世じゃあまり愛情をかけてあげることは出来無かったが、せめて今世は。今世なら時間はタップリある! 愛情を賭けられる!
レイ様もそうじゃ! 幼き頃から弟君ばかりが寵愛され、愛情に餓えた幼年期を過ごされた……
「そうとも! 今世の私は女だ! しかも自分で言うのも何だがわりと可愛い! いや、かなり可愛い!! ビックリするほど可愛い!!!」
ならば、レイ様狙いだとかホルスト狙いだとかちまちましたこと言ってないで、両方とも私が籠絡して幸せにしてみせる!
――一一人静かに、的外れな使命感に燃える少女が誕生した瞬間だった。






