5.ホルスト 黒執事の降霊術
レイ様よりお預かりした陳情書。
陳情書の中身を推測するに、おそらくイノシシの群れを魔猪が統率していると言ったところでしょう。
村が感じる脅威度ならば中の上から上の下と言ったところでしょうか。
しかし、それは普通の村だったらの話。統治して数日とは言え、曲がり形にもここはレイ様が統治する村。
この程度のことも自分達で解決出来ず、レイ様のお手を煩わせるとは何と嘆かわしい。本当にレイ様の臣民としての自覚があるのでしょうか?
やれやれ。その忠誠心、実に疑わしい限りですね。
本来ならレイ様のお手を煩わせるような存在は切り捨てるべきだとは思うのですが、我が主は慈悲深き御方なれば、その御意志をお守りするのも執事たる私の務め。
私の感情ごときでレイ様の名を傷付けてはいけませんからね。
さて、そうと決まればまずはどのように厄介者を処分するかですが……
チラリと視線だけを背後に向ければ、背後には掃除をするフリをしながら柱の陰から私を見つめるルミエールの視線。
まさかあの女、私に気があるんじゃないでしょうね?
だとすれば、心底迷惑なんでやめて頂きたいですね。
いっそ、イノシシの餌にルミエールを使ってあげましょうか?
おお、ナイスなアイディア~♪ ってヤツではありませんか、ね?
背後を振り返った瞬間、凄まじい勢いで走り去るルミエール。
「チッ、勘付きやがりましたようですね。やれやれ、沈む船からネズミは居なくなると言いますが、ネズミというのは本当に勘の良いことですね」
やれやれ、そうなると私一人で問題解決をしなければなりませんね。もっとも、あんな鶏ガラ娘が一匹居ようと居まいと結果にさしたる差はありません。
ありませんが、私の不在中にあの鶏ガラ娘が私のレイ様に粗相をしないとも限りません。
何より、レイ様に色目を使いやがらないとも限りませんからねぇ。
「仕方がありません。私以外の者がレイ様をお守りするという現実は耐えがたいですが、背に腹は代えられません」
廊下に飾ってある女の絵に触れる。
ルゼルヴァリアの発展に寄与した【法のレイリア】と呼ばれた女の肖像画だ。
「さて、そんな女を模して描かれた絵画です。モデルの女に恥じない働きをして頂きましょう」
絵画に触れた指先に魔素を集める。
――踊れ踊れ願いよ踊れ。笑い屍灰と成れ。所詮この世は覚めること無き泡沫の夢――
私が産みだした魔術により肖像画に暗い光が宿る。
「聞こえますか?」
ややの間とともに肖像画に描かれた瞳がキョロキョロと動き出す。
「早く答えなさいシュミラクラ。燃やされたいのですか?」
『ま゛、魔す゛DA-』
やっと話したかと思えば、えらく雑音の混じった酷い声ですね。
「やはり燃やすべきでしょうか」
『や゛、やめ゛、やめてぐたさい、マスタ-』
「少しはマシになりましたね。安心しましたよ、これで一つの芸術作品がこの地上から消えずにすみました」
『あばばばば……』
慈悲を込めて優しく微笑みかけたというのに、肖像画に宿った悪魔がガタガタと震え出す。
主の心を察することも出来ないとは何て愚かで生意気なんでしょうか。本当に燃やしてさしあげましょうか?
『マスター、ご命令を!』
何かを察したのでしょう、その声音には懇願するような響きが宿る。
やれやれ、このシュミラクラも随分と察しが良いですね。
まぁ古い屋敷ですから、多少ネズミが多くても仕方がないのでしょう。
本来なら今すぐ駆除したいところなのですが、こんなのでもレイ様の所有物。私ごときが勝手に処分することなど出来はしませんが、躾として脅すのには十分効果はあったから良しとしましょう。
「さて、貴方に命令を下します。この館の主はわかりますね?」
『マスターがご執心のレイとか言うあの小僧ですよね?』
タンッ!
『あばばばばば……』
「次軽口を叩いたら、額縁の上に突き刺した鉤爪をど真ん中まで引きずり下ろしますよ?」
『ひぃいぃ! どうかお許しを!!』
「たかが油絵のくせに、数百年も経つと悪魔に干渉するほどの余計な自我まで持つとは。実に厄介ですね」
『え、えへへへ……』
腑抜けた笑みをこぼす絵画の悪魔。
やれやれ歴代の持ち主達の影響なのか、それともこの絵を描いた人間の影響なのか? 原因はわかりませんが悪魔のくせに随分とゆるい笑みをこぼしてくれるものですね。
「頭の悪い笑みを浮かべてるところ悪いのですが、私の留守中は何人たりともレイ様に近付けませんように」
『YES! MY MASTER!』
「あ、それと」
『?』
「貴方自身が万が一にも私の意に反してレイ様に害をなしたら、その時は――」
『そ、そのときは……?』
「魔界で眠っている貴方の本体を破壊しに行きますから、楽しみにしていてくださいね」
『ひ、ひぃいぃぃぃぃ! し、しません、絶対に二度とはしませんから!』
「ええ、そうあってくれることを信じていますよ」
私は忠実なる悪魔の下僕に微笑んだ。






