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5.レイ 陳情

 上がってくる報告書。


 昨日町の様子を見回ったが、実に長閑なものだった。


 だが、どんなに小さな田舎町とは言えそれなりに陳情はある。


 その中でも最も多いのは、野犬や魔獣による農作物の被害。


 しかも、それは意外と見逃せない被害額だ。


 村人は年寄りばかり。傭兵を雇うにもこんな僻地じゃ人数を集めるどころかそもそも人が来ない。


 

「さて、どうするか」



 農作物の被害程度ですんでいるうちはまだ良いが、近い将来これが人的被害に発展するのは目に見えている。


 悩みながらため息交じりに外を見ると、眼下の中庭ではホルストが上半身裸で武術の型をとっていた。


 小麦色に日焼けしたルゼルヴァリア人特有の肌に浮かび上がる大粒の汗。足元の地面の色が汗を吸って変わっているところを見ると随分前からあの場所で瞑想状態のようだ。 


 自分が努力する姿を人前では絶対に見せたがらないあのホルストが、あんな目立つ場所で訓練するとは随分と珍しいこともあるものだ。


 何がホルストの心情を変えたのか?


 プライドが傷付けられたのか、それとも何かの焦燥ゆえか……



「あのホルストが焦燥?」



 思わず自分の想像に声を出してしまう。



「レイ様、私のことをお考えでしたか?」


「おわぁっ!?」



 振り返るといつの間にか書斎に現れたホルスト。


 先ほどまで上半身裸で汗まみれだったはずなのに、まるで何事も無かったみたいに涼やかな顔で私の背後に立っている。



「ホルスト、気配を消して現れるのはやめてくれ」


「執事の勤めです」


「直す気はないってことね」


「ところでレイ様、随分と悩まれていたようですが何かありましたか?」


「ああ、少し頭を悩ませることがあってな。と言うか、私が悩んでいるとよく気が付いたね」


「先ほどまで中庭に居たのですが、窓越しですが書斎からレイ様の悩ましげな気配を感じたものですから」



 窓越しの気配?


 何やら難解な回答が返ってきたが、それも執事の権能が成せる業なのだろう。



「ホルスト、実は村からの陳情の中でいくつか見逃せないことがあった」


「陳情でですか? 昨日の様子だと随分と長閑な様子でしたが、まぁ二人以上人が居ればトラブルや悩みは生まれることもありますか」


「うん、だけど今回は人間関係のトラブルと言うよりも外に要因がある」


「外からの。ふむ、ここは戦略上からも要地とは言えません。であるならば野生生物や魔獣と言ったところでしょうか?」


「察しが良くて助かるよ」


「ただ、傭兵を集めるのは反対でございます」


「ん? まぁもともとこんな僻地だと傭兵は集まらないのは端からわかっていることだが、ホルストは傭兵を集めることに何か懸念があるのかい?」


「ただでさえあの小――が来て――これ以上、他の有象無象が――」



 私の問いかけにホルストがブツブツと何か怨嗟じみたことを呟いているが、良くは聞き取れなかった。


 そして、そんなホルストを見ながら、私は思わず笑みを浮かべてしまう。


 若干の不安を覚えるも、ホルストがこんな表情を見せるときは決まった私絡みの事案が起きたときだ。


 そして、そんな時にこの執事は常識では計り知れないほどの能力を発揮して私に力を貸し与えてくれる。



「ホルスト、何か対案があるのか?」


「ブツブツブツブツ……はっ!? あ、失礼しました、深く思案しすぎておりました」


「そうか。ホルスト、君の意見を聞きたいのだが」


「元来傭兵には気質の荒い者が多ございます。この長閑な村、年寄りの多い村で傭兵を招き入れるのは、いらぬトラブルを生む可能性が多いと思われます。何より、傭兵と一括りにしても実力はピンからキリまでございます。質の良い傭兵を集めるには中央でもなければまず無理でしょう」


「なるほどな」



 ホルストの指摘通りだ。


 どう考えても、この長閑な村では外からの武はいらぬトラブルを生みかねない。


 何より傭兵を集めても宿泊施設さえこの村には無い。

 

 まぁ、それも全ては呼べたらという条件付きだが。



「さて、どうしたものか」


「レイ様、その悩みは貴方様らしくも無い私に対する意地悪でしょうか?」


「ん、何の話だい?」


「レイ様は私めに有象無象を排除せよとご命令下さればよいのです。ただそれだけでレイ様のご随意のままに私は動き、レイ様に害成す者達を根絶してご覧に入れましょう」



 ニヤリと自信に満ちた笑みを浮かべ私の前に傅く姿は、執事と言うよりも若き騎士と言った様相だ。



「うん、そうだったね。わかった、ならば私のホルスト、お前に命令する。この地を侵す害悪の全てを疾く駆逐せよ!」


「Yes,Mylord」



 ホルストは傅いたまま、私の手の甲に口づけをしそのまま姿を消した。



「やれやれ、突然現れたり突然消えたりもう少し人間らしい動きをすれば良いのに……」

 

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