4・ホルスト 愛故に
「ああぁああぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁああぁぁぁぁぁっ!!」
こ、これが魂にさえも刻まれた敗北だというのか!!
これは認めたくは無いが許しがたき敗北感だッ!
圧倒的なる敗北感だと、私の魂が打ち震えているッ!!
何という屈辱!
何という絶望!!
いま、私の細胞の全てがあのルミエーラに嫉妬しいるじゃありませんくあぁああぁぁぁぁぁぁっ!!!
ギチギチギチギチ……
「っ……」
気が付けば、血が薄らと滲み出るほどに噛み続けていた爪。
私の全てをあの時からレイ様に捧げてきた。捧げ、私だけが誰よりもレイ様に仕えるに相応しいと自負してきたからこそ、企み全てを騙してレイ様と二人きりになれるこの場所に来たのだ!!
なのに、
それなのに、あの小娘め……
私ですら未だ到達していないご奉仕を……そう、私にさえ出来無いご奉仕力発揮してレイ様にその有能さを見せ付けた!!
たかが着替え、されど着替え。
あの小娘は私が未だ到達していない領域にすでに踏み込んでいた!
祖父が、我が祖父のみが可能とした、主が歩きながらの着替え!
その領域にあんな小娘がすでに到達していると言うのか!?
それとも、まさか……まさかレイ様が、レイ様があの小娘に気をつかい着替えのタイミングを合わせたと言うのか? いや、常識的に考えれば、それこそが理屈的には納得出来る……納得、出来るが……
い、「いやだぁああぁああぁぁぁあ!! あ、有り得ない! あ、あってたまるか! この思いは、この愛は神にすら砕かれぬ絶対領域だ!! それなのに、そ、それなのに!! わ、私のレイ様が、よもやあんな小娘ごときに気をつかったと言うのですか!!」
あ、ありえない。あって、たまるか!
レイ様が心許すのも、レイ様が頼るのも、私だけだじゃないとダメなんだぁあぁぁあぁぁぁ!!
レイ様の信頼は私だけのものだ!
「わ、私だけのものじゃなきゃダメなんだぁああぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!」
ダンッ!!
パリン……
殴りつけたテーブルからグラスが弾み落ち、乾いた音と共に砕け散る。
情けない。片付ける立場であるはずの私が、怒りにまかせて物を破壊した挙げ句に散らかすなど……
だが、そんな現実が、私の感情を現世に引き戻す。
「はぁ……はぁ……」
……………………お、落ち着け、落ち着くんだホルスト。
貴様を薄汚かったあのレインホルスからホルストに成長させてくれたのはレイ様だ。
そのレイ様の恩情を、否、恩寵を疑って何とするというのか!
これは試練だ。
レイ様が与えてくれた試練だ!
そう、だからこそ私はここから更なる高みに成長する! 成長してみせる!
喩え誰が相手であろうとも、レイ様へのご奉仕で私が劣ることなど何一つあってはならないのだ!
それに、何より……あの、あの目を……私は二度と……
刹那に思い出して身震いする。
気付けば、私の日に焼けた褐色の肌に無数に浮かび上がっていた鳥肌。
違う、違う、違う……
アレは気のせいだ。気のせいに決まっている!!
思い、出すな……
ただ、私は何者にも負けぬ愛で、レイ様にお応えするだけだ。
はぁ……あ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁぁっ!!
レイ様、レ……イ……さま……
落ち着けホルスト。醜く発狂するのはここまでだ。
この部屋を出たら、私は何時もの私を装う。
冷静で、寡黙な男を演じきってみせる。
レイ様への劣情を悟られるのは、まだ早い。
本当の私を、レイ様への愛で溺れている私を知られるのは……
「そうだ、レイ様と一つに溶け合うその時で良いのだから……」
今はただ、己の未熟と見つめ合い、あの小娘に一矢報いるだけだ。






