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3・ルミエーラ メイドの懸念

 はぁ……それにしてもレイ様、本当に大きくなられて。


 私の膝ほどしか無かった身長も、今では見上げるほどにすっかりと成長され……


 ま、私が小さいだけ何ですけどね。


 とにもそんな小ボケは置いておくとして、まさかレインホルスと名乗ったあの男が、よもや前世での孫だったとは。


 面影が残らないほどに成長しとった。ありゃ、おそらく嫁さん似じゃの。


 レインホルス――


 それは私の後を継ぐのを嫌がり、家を飛び出した息子がかつて名乗っていた名字だ。


 仕事人間で厳しかった私に反発した息子。その息子が海難事故で帰らぬ身となったことを知ったのは、死後一年以上が経ってのことだった。


 そして、私に孫が居ることを知ったのは、さらに数ヶ月後のことだった。


 ご当主様がお力を貸して下さり、何とかホルスト見つけ出したときには野良犬のように傷付き酷くやさぐれていた。


 ホルスト(あやつ)自身のせいでないとはいえ人に心を開くこともなく、それはそれは獣のように凶暴だった。


……だが、生前の記憶を辿るなら、ホルストは決してレイ様のことを好いてはおらんかったはず。


 とは言え、私がホルストを見守ってあげられたのも僅か半年かそこら。考えてみれば私の死(あれ)から十四年も経っておる。私が知らない間に心変わりをするには十分な月日と言えよう。


 そうじゃな、本当にレイ様のことを思ってお仕えしてくれているのなら問題は無い……


 レイ様を幸せにし、何よりもホルスト自身も幸せになってくれるのなら今さら私が言うことは何もない。


 そう、じゃな……死んだ人間が出張る必要は無い。この身体は本来の主であるルミエーラに返してやるべきじゃろう。


 とは言ってもルミエーラは私自身でもあるし、この前世の記憶を消す方法もわからんから今のところは何も出来無いのですけどね。


……いかんいかん、じじぃの頃の言葉とお嬢様時代の言葉が混ざるという、なんとも気色悪い状態になっている……


 落ち着け、中身はじじぃでも私は乙女でお嬢様で今はメイドじゃ。


 言葉にすると何か色々と渋滞を起こしている気がするのは気のせいか?



「随分と気もそぞろですね。掃除はちゃんと進んでいるんですか?」


「ふぁっ!?」


「失礼な反応ですね。まるで化け物でも見たような反応はやめてくれませんかね」


「まさにそんな気分ですよ。気配を消して突然背後に立たないで下さい」


「ふん、仕事に集中しているならいざ知らず、邪念を抱きながら掃除をしているから私が近付いてくるのも気が付かないのです」


「貴方この間、ストーキング能力がどうとか言ってませんでしたか?」


「ふん、平時において私がストーキング能力を使うのはレイ様に対してだけです」


「それもどうかと……」



 何だろうか、私の孫から何となく醸し出されている気がする謎な変態性は……


 気のせい、だよな? 



「チッ!」



 うぉ、こやつ窓レールを白手袋でチェックした挙げ句に舌打ちしおった!


 お前は底意地の悪い姑か何かか。


 だが、そんなことをしたところで無駄だ。戦闘力ではお主に遠く及ばずとも、執事歴はざっと七十年。お主の数倍は長くやっておるわい。


 簡単にケチを付けられると思うなよ。



「貴方、ここのレール、黒いままじゃないですか」


「おおぉぉ!? レールって、真鍮製だから黒ずむでしょ!」


「レモンの果汁と皮を使えば綺麗になりますよ」



 ホルストが勝ち誇ったような笑みを浮かべる。


 ぐぬ、何たる底意地の悪い笑み。孫がじじぃに厳しい!


 私が祖父と伝えておらんのもあるだろうが、それにしても女子供に対して容赦なさすぎじゃない?


 こんな性格でレイ様にちゃんとお仕え出来てるのだろうか?



「はぁ……」



 じぃちゃん、胃に穴が空きそう。



「何をため息なんかついているんですか」


「何でもありません!」


「そうですか」



 ホルストは鼻を一つ鳴らし、突然懐から取り出した黄色の何か。



「使いなさい」


「レモン?」


「少し傷んでいたやつです。レイ様の繊細なお腹にそのような物を入れることは許されませんが、掃除には十分です。あ、私これからレイ様の昼食の仕込みに行ってきますので、サボらずに仕事するのですよ」


「は~い」


「返事は延ばさない。それじゃ任せましたよ」



 それだけを言うと、物音一つ立てずに部屋から姿を消した。


 もう少し気配を出さんか。


 それにしてもレモンか。わざわざ懐に忍ばせておくのはどうかと思うが、レイ様に食べさせられない物を選別し常に掃除のことも考えていたってことか。


 ……ホルストはホルストなりに、レイ様のことを考えていたんだな。


 こりゃ、本当に今さら死んだ者が出張る必要はなかったのかもな。


 そんな時の流れに、ほんの少し寂しさを覚えるのであった。



 だが、このときの私はまだ知らなかった。


 ホルスト(まご)の絶望的に歪んだ性癖のことを。

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