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プロローグ・レイ 廃嫡の青年

 ひゅーひゅーと音が鳴る喉。



――ああ、これは夢だ……また、あの日の夢……――



 あの、働き者の皺くちゃの手が好きだった。


 悪戯をするたびに、真っ白くやけに長い眉をハの字にして、困った顔をしながら優しく叱ってくれる声が好きだった。


 家督を継ぐ為にと何時も厳しい父母に怯え家の裏で泣いていると、誰よりも先に気が付いて抱き上げてくれた優しい温もりが好きだった。


 だけど……


 あの人との思い出が増えることは、もう二度とは無い。


 あの人は、もう遠くへと旅だったから……



 カッコー、カッコー、カッコー……


 鳥の声がやけに騒がしい。


 や、そこは普通スズメじゃ無いのか? もしくは、港町らしくウミネコとか……


 何故にカッコウなんだ?


 寝ぼけた頭のもやを振り払う。


 ……ああ、そうか。昨日から別荘に来ていたんだったな。


 はぁ、夢見が悪かったのは、枕が変わったせいか。


 それとも……今日があの人の命日だからだろうか?



 コンコンコンコン



「お早うございます、レイ様。お部屋に失礼してもよろしいでしょうか?」



 扉の向こうから聞こえてくる年若い男の声。


 老執事の死後、私に仕えてくれている私が最も信頼する執事ホルストの声。



「ああ、ちょうど起きたところだ、入っても大丈夫だ」



 静かに開け放たれた扉から入ってきたのは金髪碧眼の長身痩躯の男。ルゼルヴァリア人特有の太陽に焼けた肌だが、それ以外は如何にも内務を得意とする風体の青年が恭しく頭を下げる。



「お早うございます、レイ様」


「お早う、ホルスト」


「避暑地でのお目覚めはいかがですか?」


「そうだね、朝の目覚めがカッコウというのは正直違和感を覚えるよ」


「海岸都市であるルゼルヴァリアとは違いここは山の中ですからね。流石にウミネコの煩い鳴き声もここまでは届きません……ウミネコの鳴き声のほうが目覚めにはよろしかったですか?」


「別にルゼルヴァリアが恋しいわけじゃないさ」


「さようでございましたか」



 ホルストは多くを聞かない。


 いや、聞かなくて当前だろう。


 弟に家督を奪われ、廃嫡された長男に聞くことなど何もあるまい。


 ……そんな私なんかのために、優秀なホルストがこの地に来なければならなかったことを思うと心苦しくさえある。



「レイ様、どうされましたか?」


「何がだ?」



 一瞬、自分の心の内を読まれたのかと思い声がうわずる。


 だが、そんな私の後ろめたい気持ちとは真逆の、ホルストの心配げな瞳が私の顔を捕らえる。



「ここに涙の跡がございます。レイ様……」


「あ、違うぞ。今も言ったが、別にルゼルヴァリアが恋しい訳じゃ無い。それは本当なんだ」



 故郷を恋しくは無いなど、自分で言ってても些かどうかと思うが、事実あそこには良い思い出がない。



「では、何が……あ、いえ。申し訳ございません。一介の執事にしか過ぎない私が、主に何かを問いただすなど愚かなる不敬。お許しください」


「不敬などと思ってはいないし、お前のことを一介の執事などとも思っていない。ホルスト、むしろ私の方こそお前の主に相応しくは無いのではないか?」


「何を仰りますか。不敬を承知で敢えて言わせて頂けば、私の忠誠はご当主様にはありません。私の毛の先から血の一滴に至るまで、レイ様に捧げております」


「なら、もし私がここでその命を絶てと命じたなら?」


「それがレイ様の真の願いであるのなら、その先にレイ様の消えぬ笑顔があるのなら喜んで捧げましょう」


「はは……すまない、今の悪質な冗句は忘れてくれ。私とてお前の忠義を疑ったことなどはない……そうだな、思い出していたのだ」


「思い出していた? お聞きしてもよろしかったでしょうか?」


「もちろんだ。思い出していたのはホルスト、お前の祖父のことだよ」


「我が祖父……ああ、そうでしたね。レイ様と私は良くこの別荘に祖父と共に療養に来られていましたね」



 そう、父の執事であったギュンターはホルストの祖父であり、私が爺と呼びもっとも心を寄せていたとても心優しい老執事だった。


 この別荘には爺との思い出が多すぎる。


 ……十九にも成る男が情けない話だが、家で味方らしき味方の居なかった私は未だに爺のことを懐かしく、そして恋しくさえ思っていた。



「ああ、レイ様……貴方にそんなに思って頂けるとは、祖父もきっと……いえ、絶対に天国で喜んでおります」


「ありがとう、お前にそう言って貰えるのは私にとっても救いだ」


「レイ様……」



 ホルストは私の名を囁くと優雅に傅き、私の手の甲に口づけをした。


 ……時折、あくまで時折だが、ホルストの距離感に疑問を抱くことがあった。だが、私にだけ仕えてくれたその生き方がそうさせているのだろう。


 そう、思っていた時が、このときの私にもあったんだ……


 あったんだ、本当に……


 そんな私の人生は、



『ここに、レイ様がいるんですね……やっとお会い出来る……』



 メイドとして派遣されたルミエーラがこの屋敷に来たことで、大きくあらぬ方向に動き出すことを、まだ知らない……

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