それはお前だ!
「……う、うぅ……。ここは?」
オレは体を起こして周りを見る。見た感じここは待合室だった。なんでオレはこんなところで寝てるんだ? オレは自分の服装に目をやる。スーツを身に纏っているので、仕事の帰りに行った居酒屋から家まで帰れなかった感じか。
「――あ痛たたた……」
突如何度か経験したことのある頭痛に襲われた。昨日酒を飲みすぎたせいだろう。それに吐き気もある気がする。……取り敢えず家に帰るか。
オレは待合室のドアを開けるとホームを歩く。普段歩きなれている地下鉄。確か待合室からなら2,3分歩けば上に繋がる階段に着くはずだ。――しかしすぐに見つかると思っていた階段は見つからなかった。道も同じところをグルグルしているみたいに同じ景色しか見えない。あの待合室だってもう何度も見ている気がする。
「いったいどうなっているんだ……」
本当に進んでいるのかどうか疑問に思ったオレはスマホのマップアプリを開いてそれを見ながら歩き始めた。ちゃんと地下鉄の中にオレがいるのが分かる。しかし、あと少しで地下鉄から外れると思うと画面が一瞬ブレた。そしてブレが収まるとさっきいたところとは反対側に自分がいるように表示される。
「…………」
オレは手に持っているカバンを地面に置いて走り出した。数分か走ると前方の地面に何かが置かれているのが見える。オレは歩いてそれに近づいた。その正体は――オレがさっき置いたカバンだった。中身も一緒。つまり、非現実的すぎるが……。
「無限ループってやつなのか?」
口に出したせいでより一層そう実感してしまう。ハハハと乾いた笑みを溢してホームに寝転んだ。絶望。超を付けてもいいだろう。超絶望的。せっかく社会人にもなって、気になる女性へのプロポーズも成功したっていうのに……。バラ色の人生を歩む……はずだったのに……。
何分、何十分……もしかしたら何時間もこうしていたのかもしれない。オレは立ち上がるとスマホのチャットアプリを開いた。とにかく誰かの声が聞きたい。そこで恋人に通話をかける。しかしすぐにエラーが発生してしまった。チャットを送ろうにもエラー。誰が相手でも結果は一緒だった。
オレは入れているアプリを全て開く。ほとんどのアプリはエラーを起こしたのだが、マップとニュースだけはエラーを起こさなかった。
ニュースには色々なものがあったのだが気になるニュースを1つ見つけてしまった。
地下鉄での転落事故。内容は酔っ払いの男性とスーツを着た男性が接触し、スーツを着た男性が線路に転落。スーツの男性が意識不明の重体で病院に搬送されたというもの。その後、酔っ払いの男性は行方不明となっており、警察が後を追っているらしい。
この事故……オレに関係しているんじゃないだろうか? オレはもう一度自分の格好を見てみる。起きたときに見たようにやはりスーツを着ていた。そして地下鉄での無限ループ。
さしずめこれは意識不明の間に見ている夢の世界というものなんだろう。……もしかしてここから抜けないと目を覚ませないんじゃないのだろうか?
オレはまた歩き出す。何度もカバンが目の前に現れるが気にしない。それよりも何か変わっているもの、何か脱出できそうな道はないかとそこら中に目をやった。なんとしても元の世界に戻るんだ!
何周目のループ、何回目の前にあるカバンを見たのだろうか。ついに変化が訪れた。左の線路から普通電車が来たのだ! オレはすぐに左に移動して車両の中を見ていく。しかし乗車している人は誰1人見つけることができなかった。しかも運転席にも誰もいない。正真正銘の幽霊電車ってやつなのではないだろうか。まぁ、意識不明中に見ている夢だから怖くはないのだが。
ふと右側を振り向くと必死に駆けている1人のスーツを着た男性を見つけた。その男性はオレに気付かずに走り続ける。
他にもこの体験に巻き込まれている人がいた。その事実がとても嬉しくて、オレはその男性に向かって走り出した。
「あの! すみませーん!」
オレの声を聞いて走っていた男性は立ち止まりこっちを振り返る。
「どうしました?」
「えっと、特に用事とかないんですけど……同じ境遇の人がいるんだと思ったら話しかけたくなって」
「同じ境遇?」
「はい、オレたちはここに閉じ込められたんですよ」
「あ~なるほど。そういうことか」
男性はマジマジとオレの顔を見ながら言った。一瞬、男性の顔に少しだけ皺が寄った気がする。視力でも悪いのだろうか。
「それなら一緒に歩きますか。1人よりも2人のほうがいいですし」
「オレもそれで構いませんよ」
男性の提案により、オレたちは話しながらまた右側の線路の横を歩き始めた。オレの左に男性がいる感じだ。
そこで色々な話をする。男性は緊張しているのかオレが体験したことのある面白い話もあまり笑ってくれなかった。
そして何度目かのループでまた変化が訪れる。オレたちの前から電車が走っている姿が見えたのだ。オレは興奮のあまり少し大きな声で男性に話しかける。
「お! また新しい変化が見えたぞ!」
「これでやっと終わりますね」
「そうなのか?」
「はい、だって……」
――気が付けばオレの体が線路に放り出されていた。右に電車、目の前にスーツを着た男性。これって……男性がオレを突き飛ばしたのか?
「――僕が作った世界なんですから」
その声が聞こえた瞬間、オレの全身に強烈な痛みが襲う。すぐに意識が落とされる――そんなことは起きなかった。
ところどころ血で濡れており、骨も何本か折れているだろう。腕や足も変な方向を向いている。
オレを飛ばした電車もいつの間にか消えていた。だけどそんなことを疑問に感じさせないくらいにただひたすらに痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
なぜか意識がはっきりしているため余計に痛く感じる。倒れて悶え苦しむオレを見下すかのようにスーツを着た男性がオレの目の前に立った。
「これはお前への罰だ。お前があの時僕を線路に落とさなければ」
段々と痛みも引いていき何とか声を出せる状態になって思いだす。ニュースで見たあの文章。もしかしてオレが酔っ払いの男性なのか? いや、だとしても……。
「お前は意識不明なだけだろうが! ここまでする理由はないだろ!」
掠れて、思っていたよりも覇気がない声。こんな声しか出ない自分にも驚いてしまう。
「……あのあと僕は死んだよ。だからここにいるんだ。こんな酔っ払いのせいで僕の人生が終わるだなんて……はぁ」
途中から息もし辛くなる。そんなオレの頭をあいつは足で踏みつけた。そして男性は言った。
「やっとスッキリした。僕もそろそろ飽きたしこれで終わりにするよ。さようなら。来世でもできれば会いたくないよ」
その声を聞いた瞬間オレの意識は途切れるのだった。
「朝のニュースの時間です。一昨日の23時頃から姿を晦ましていた海原 智容疑者が今日の深夜2時頃に地下鉄の線路の上で発見されました。その時間帯の防犯カメラはなぜか作動していなかったため映像はないとのことです。警察は事件性があるということで調査しております」