12話 命の炎
「 」
「‥‥くん。‥‥ゆきくん」
誰かに名前を呼ばれている。どこか悲しくなる声だ。
「ゆきくん、由希くん」
泣き出しそうに切実な声だ。遠い星のきらめきのような、寂しげに震える声。
「私を、みつけて」
その声がゆれながら僕に囁く。でも、僕は今何もしたくないんだ。
突然目の前に2つの影が映る。大きな影が小さな影を襲っているところだ。
大きな影は大きく拳を振り上げ、小さく震える小さな影に拳を何度も何度も振り下ろしている。
見覚えはないが嫌な光景だ。
見ているうちに小さな影は薄れて消えてしまった。
影は消える直前に絶叫する。
「私は、絶対に死なない」
そこで、目が覚めた。
夢を、見ていた。
内容は思い出せないが、悲しい夢だったことは、感じる。
誰かの声、その残響が鼓膜にうっすらと残っている。
誰だかわからないのに、なのにどこか懐かしく感じるのはなぜだろう。
男か女かもわからないのに。
でもまあ、ただの夢だ。柚月が死んだショックでそんな夢を見ることもあるだろう。意味なんてない。気づけばもう鼓膜の震えも消えている。
…それでも。
それでもまだ僕の顔にはべったりした脂汗が吹き出ている。呼吸が苦しい。目に汗が入る。痛い。目をこする。開ける。そこには人魂が浮かんでいた。そこには人魂が浮かんでいた。
「‥‥‥?」
不思議と怖くはない。
じっと見つめてみる。人魂は、その場の静寂に抗い必死に生を掴み取ろうとするかのように、激しく燃えていた。
いつまでそうやって見つめていただろうか。
いきなり部屋のドアが開くと、ミーシャが入ってきた。手に食事を持っている。僕は一瞬顔を向けるとすぐ人魂の方に向き直る。
少し気まずそうな顔をしていたのは、柚月が死んだのを嘘をついてまで隠していたからだろうか、それともこの世界に喚んだせいで柚月が死んだからだろうか。
寝転がったまま身じろぎもしない僕を見て、ミーシャの顔が引きつり歪む。
「……、ごめんなさい……。」
そして、罪悪感に耐えきれなくなかったのか、謝ってくる。
「別にいいですよ?」
「えっ?」
予期せぬ言葉を聞いたかのようにミーシャは固まった。
「そんな大事なことを誤魔化せると思っていたのなら。」
ミーシャの顔に言いようのない絶望と後悔が浮かぶ。
ミーシャは机に食事を置くと、そそくさと部屋から逃げていった。
僕は再び人魂を見つめる。
そういえば、ミーシャは全く人魂にリアクションを示さなかったな。
こんなに目立つのに見えてなかったんだろうか。
そんな事を考えていると、【洞見眼】を手に入れたと脳内に告知が来た。
僕は人魂を観察していただけなのだけれど………。
しばらくすると腹が減ってきたので、僕は人魂から視線を外し、起き上がって食事を食べることにした。
僕が起き上がると人魂も移動し、僕の右肩の上に浮遊している。
もしかしてこの人魂、僕についてくるのか?
案の定というべきか、僕が机まで歩いて行くと人魂もついてきた。
とりあえず、人魂から僕に干渉はしてこないので、ひとまず意識しないことにした。
食事を終えるとやることもないのでベッドに寝転がる。小さい頃に親から食事の直後に寝てはいけないと言われたことをチラリと思い出したが気にしないことにする。
しばらくゴロゴロしていると再びミーシャがやってきた。さっき持ってきた食事を僕が食べていることを確認して少し安心しているようだ。
少し体色が薄いのは何かの魔法を使っているんだろうか。そういえばミーシャは変質魔法の系統に適正あるんだもんね。そんな事もできるのか。
「ショックが残っているとは思いますが、少し部屋から出て体を動かした方がいいですよ…?」
「そうですか?」
「まる1日以上寝ていたわけですし……。」
「!?謁見からもう2日経ってるの?」
道理で顔が歪んでたわけだ。確かに自分に責任の一端があるショックでまる一日以上寝込まれてしまったら不安にも襲われるか。
「分かった」
転移仲間も心配してるだろうし、一回顔見せとくか。
なんか人魂を眺めてたら少し気分が凪いだみたい。
そう思って、僕は広間に足を運ぶことにした。
ちなみに人魂の大きさは握りこぶしより一回りくらい大きいです。