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プロローグ

 あの日、「首吊り塔」で見た光景は、一生忘れることが出来ない、と後にエール・コンラディンは述懐している。

 北方大陸では一番の領土を誇るネージ王国の中、十の指に入る広さを預かるコンラディン家の領地。その外れにかの塔は聳え立っていた。

 嘗ては侵略者を防ぐ城壁の一部、見張り塔として使われていた時に、その悍ましい通称が付けられたと言われている。

 当時の領主――即ち初代コンラディン家当主は、非常に残酷な男だった。戦争で捕えた捕虜を拷問するだけでは飽き足らず、見張り塔の上に細長い板をかけ、その上を無理やり歩かせた。その首に、丈夫な鎖を巻き付けたままで。

 槍で突かれ、石を投げられ、耐え切れずにその身を宙に躍らせた捕虜達は、塔の上からぶらりと垂れ下がり、汚物を垂れ流す肉袋となった。首の骨が折れてすぐ死ぬのならまだ良い方で、息が出来ぬままもがいて苦しみ続け、息絶えるまで捨て置かれた者もいたという。

 やがて鳥たちに身を突かれるまま放置された数多の死体を見て、侵略者達は恐慌しその軍を引いたとされる。

 結果的に敵から国を守った功績を讃えられ、コンラディン家当主は貴族位を得た。しかし同時にその悍ましい記録は闇に葬られ、経年劣化から城壁を全て取り壊す際にこの塔も崩される予定だった。

 だが――工事に関わった者達が次々と命を落とし、更には代替わりしていた当主も心を病み、あの塔に手を出してはならぬと叫んだ。

 結果、それから数百年を経た今も塔はその不気味な佇みのまま残されており、入り口は当主の持つ鍵で厳重に封印された。

 その後は、夜に塔の周りを飛び交う幽霊が出ただの、現当主の末の子――即ちエールの弟か妹が、母の腹から流れてしまったのもその呪いだのと、根も葉もない噂が流れる程度のものに成り下がっていたけれど――すべては悪意のある憶測と興味本位に過ぎない。故にそのような戯言に耳を貸すなというのが、厳しき父の教えであった。

 ところが、それに是と答えなかったのが、エールの兄――コンラディン家の次期当主に当たる長男、アルテ・コンラディンであった。

 上の兄は聡明な男であったが、同時に誇り高くもあり、社交界に出てからの自分の家に対する、不名誉な噂に眉を顰めて来た。そんな噂で、家名が汚されることも、子を流してすっかり気落ちしている母を辱めるのも、見逃し難かったのだろう。

 だからこそ、彼はすぐ下の兄、つまりエールの前に生まれた次男グレアムと、信頼のおける貴族の友人達を連れ、父が管理していた鍵を盗み出し、首吊り塔へと向かったのだ。塔の呪いなど有り得ない、それを証明してみせると。

 エールにもその計画は伝えられていたが、共に行くことは許されなかった。屋敷に残って父の目を欺けと、兄2人に申しつけられたのだ。

 しかし、エールは良心の呵責に耐えられなかった。そして、首吊り塔に対する恐れもあった。

 兄達は戯言と一笑に伏したが、彼は一度、あの塔の上に幽霊を見たことがあるのだ。

 自分も幼く、遠目に見ることしか叶わなかったが、青白い鬼火を幾つも纏った数多の白い影を。

 そのことを思い出し、エールは父に詫びて全てを告白した。そして兄達が首吊り塔に向かったことを告げると、父は激昂し、すぐさま塔に向かう馬車を用意させた。

 森の中、狩りの時も滅多に使わない足場の悪い道を馬車は走り――やがて、日が沈んだ月光の中に聳え立つ首吊り塔が、窓から見えた時。

 エール・コンラディンは気付いてしまう。屋敷から見える遠い姿と、そんなに変わらないと思っていたその塔の――屋上から、何かが吊り下げられているのを。

 風が吹くと、それはゆっくりと揺れる。地面から高すぎて、最初は何であるか良く解らなかったが――揺れるそれが、人の形をしていることに気付いてしまった。

 エールが悲鳴をあげ、父も塔の異変に気づき、大声で御者を急き立てる。やがて塔の麓に辿り着き、鉄扉が大きく開いた塔の前に下りると。

 次兄とその友人達は、皆、叢でへたり込んでいた。ある者は蹲り神に祈りを捧げ、ある者は茫然と尻餅をついたまま、空を見上げている。僅かに軋みながら揺れる麻縄に繋がれ、首を吊られている、アルテ・コンラディンの体を。

「――塔の扉を閉めよ!」

 父の鋭い声に、皆びくりと身を揺らして、鍵を持っていたらしい一人が慌てて転がるように走った。鉄扉はかなり錆びついていたようで、不快な悲鳴のような音を辺りに響かせたが、やがてぎちりと閉まり、閂もしっかりと閉められた。

 僅かな安堵が辺りに漏れた時、それを待っていたかのように、哀れな死体が落ちる。鎖が古くなっていたのか、既に彼の首は解放されていたが、それで命を吹き返すわけもなく、赤紫色の痕が生々しく残っていた。

「おお、アルテよ、この馬鹿者が、何という事だ! カメリアのみならずお前まで――」

 父が兄の体に縋りつき、何事かを叫んでいたが、エールの耳にはもう届いていなかった。このあまりにも理解しがたい状況に耐え切れず、逃げ道を見つけられないまま空を仰ぐ。当然そこには、忌まわしき塔が変わらず鎮座していて――

 そして、エールはまた、見てしまった。

 塔の上、誰もいる筈のない屋上、張り出した処刑台の上。銀月の光が降り注ぐそこに、白いドレスを風に翻して佇む、銀色の髪の少女を。

 まるで地べたにへばり付いた遺体と自分達を憐れむように、悲しそうな瞳で、ずっとこちらを――

 そこまでで耐え切れず、エールはもう一度悲鳴を上げた。まるでその声に紛れるように、白い影は薄れ、消えてしまった。

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