~選ばれし英雄(?)~⑦
「あー、待て待て! 列を作るから、順番通りに一人ずつ挑戦してくれ!」
屈強な戦士は、集団の昂ぶっている気持ちをなんとか抑えながら、長蛇の列を作って一人ずつ『英雄』の選定をさせた――。
剣を抜けなかった人物は、心底悔しがっており、涙するものもいた――。
「……なんで皆、そんなに『英雄』になりたいんだろう……?」
蒼髪の少年ロットには理解できなかった。 もし仮に『英雄』に選ばれたとして、待っているのは多くの魔物――否、『魔王』と戦う運命だというのに。
「なんだ坊や、『英雄』には興味ないのかい?」
モルドの後ろにくっつくように、列に立っていたロットは、背後に並んでいた20代後半の男性に声をかけられた。
「え、えっと……まぁ、はい…。 ここには、仕方なくやって来た…って感じですかね」
急に知らない人に声をかけられたことと、強引なモルドによって連れてこられた理由をあまり本人の前では言いづらいロットは、ビクビク怯えながら喋る。
「ふーん…。 『英雄』になれれば、『地位』や『財産』――そして綺麗な嫁さんまで手に入るってのに、興味ないなんて珍しいねぇ…」
心底、ロットの考えには賛同できないって感じで20代後半の男性は訝しげにしていた――それもそのはず。 ロットは『英雄』に選ばれた暁には、死ぬまで魔物たちと戦うだけの宿命しかないと思っていたからだ。
(え、えっ……? 地位や財産……それに、嫁さん……? 『英雄』と何の関係が…?)
「…ふん。 そういえば、貴様は先生が話している間、無様にも気絶していたな――」
2人の会話を聞いていた赤髪のモルドは、困惑しているロットに説明し始める。
「まず『地位』だが――この王宮に入るまでに門や扉などで制限されていた場所だが、『英雄』になれれば全ての区域に出入り自由となる――この王宮だってな」
「次に『財産』だが――この『剣』を抜けただけで、報酬として『3億ゴールド』貰える手筈となっている。 それに、国の最高戦力として警護するから、月に約『100万ゴールド』を給料として貰えるのが妥当だな」
(なんだろう……、もう3億とか100万とか金額が大きすぎて、全然想像できない……)
モルドの解説に耳を傾けていたロットだが、話が大ごとすぎて現実味が湧かない――そもそも、あの剣が抜ける、という事すら空想のように感じていた。
「ワイは地位や財産よりも、『姫様』と結婚できることが嬉しいねぇ」
「えっ、え? 『英雄』になったら、お姫様と結婚するんですか……?」
「そや! 美人な奥さん――男のロマンやろ?」
モルドの話を遮って、自身の欲望を語った男性は、にっと白い歯を覗かせて笑った――しかし、ロットは笑えなかった。
国の平和の為に戦う『英雄』ではなく、『英雄』になった暁の褒美を目当てとした参加者たちの欲望を目の当たりにしたからだ。
ロットはますます、自身が『英雄』の選定として王宮に訪れたことを恥じた――自身は、魔物と戦う勇気すらない。 叶えたい望みすらない。
そんな風にロットは悩んでいると、いつの間にか『剣』を抜く順番がモルドまで回っていた。
「ふん…、そこの欲望の塊である男よ。 残念ながら、お前の番まで回ってこないぞ――なぜなら、俺が剣を抜くからな」
モルドは、ロットの後ろに立っている男性を指差して不吉な笑みをひけらかしていた。 宣言された男性は「なんやと、こらぁ!?」と怒りを露わにしていたが、モルドはそれを無視して『剣』が刺さっている台座へと向かっていく――。
「ほう――これが、『英雄』の剣か……」
剣の美しさに魅入られたのか、口元に柔らかい笑みを湛えるモルド――そして右腕をゆっくり柄へと伸ばす。
「――ふんっ!」
モルドは右腕に思いっきり力を込めるが、剣はビクともしない――その様子を見ていた、先程まで怒っていた男性は静かに口を閉ざしていた。
「…………フンッ!!」
片腕だけでは抜けないと判断したモルドは、両腕で柄を握り締め、歯を食いしばりながら思いっきり抜こうとするが――剣はビクともしない。
「……フッ」
抜けないと判断したモルドは、潔く剣の柄から両手を離して、その場からそっと立ち去ろうとする――場は静寂に包まれていた。
「……ぶふっ。 ぶはははははは!!!!」
さっきまで怒り心頭だった男性は、モルドのあまりの滑稽さに笑いをこらえきれず、ぷるぷると肩を震わせて顔を背けていた。
周りを見下し、自信満々に自分こそは『英雄』に相応しいと本気で思っていたモルドは、自身が『英雄』に選ばれなかったことに屈辱を感じ、視界が赤く染まったような気すらしていた。
モルドのいたたまれない気持ちを察したロットは、早く選定を終わらせて、一刻も早くこの場から立ち去ろうと思い、急いで台座の方へと向かって剣の柄を両手で握る――。
「うぅ……! 重いぃいい……!」
ロットは剣を上へと引っ張ろうとするが、やはりビクともしない――そして、柄から手を離そうとした瞬間。
「ガハハハ! 『重たい』じゃなくて、『抜けない』だろ?」
と、『英雄』の選定を見守っていた屈強な戦士が、ロットの肩に『激しいツッコミ』をすると、上体を崩してしまったロットは柄を握ったまま尻もちをついてしまう――。
「「「………………」」」
その様子を見ていた『英雄の選定』の参加者たちは、金縛りにあったように目を丸くしながら固まっていた。
(……ん? 皆、どうしたんだろう?)
静寂に包まれたこの場を奇妙に思ったロットは、神聖な王宮で尻もちをついたのが良くなかったかもしれないと判断して、地面に手をつけて起き上がろうとすると――。
ガシャ。
(……ん? ガシャ?)
その時、ロットはようやく気付いた――自分の手には、大勢の人が抜けなかった『英雄の剣』を掴んでいたことを……。
「「「あ、あの子が英雄ーー!?」」」
英雄の選定に来ていた参加者全員が驚いていた。 あんな子が『英雄』なんて――誰しもがそう思っていた。
ロットの後ろに並んでいた男性や屈強な肉体を持つ200kgの石像を持ち上げた戦士――そしてモルド。
彼は『英雄』に選ばれなかったことで自身のプライドをひどく傷つけられた。 さらに、雑草だと見下していた臆病なロットが『英雄』に選ばれた――そんな結果に納得いかないモルドは、轟々と怒りを燃え盛らせてロットを睨んでいた。
「…………」
モルドの鋭い視線を感じていたロットは戸惑っていた――自分が一番『英雄』にふさわしくないと思っていたこと。 望んでいないのに、『選ばれて』しまったこと。
これは何かの間違いだと思い込みたかったが、自身の手が掴んでいる『それ』が全てを否定する――。
「ガハハハッ! まさか、『英雄』に選ばれる奴がこんな可愛らしい子だとは……傑作!」
そう言った屈強な戦士は、『英雄』に選ばれた――選ばれてしまった蒼髪の少年ロットを、子猫を持ち上げるかのように、シャツの台襟を掴んで宙に浮かした。
「この方こそが――今回の『英雄』に選ばれた者である!!!!」
列の後ろに並んでいる参加者だった人たちにも、『英雄』に選ばれた人物の顔を見せようと屈強な戦士なりの配慮だったが、ロットは着ているシャツの襟が喉に食い込み、顔を真っ青にしていた――。
英雄ここに死す――。




