~英雄の贖罪~⑪
「ちゅっ、ちゅう?」
地下牢にいた不気味に赤く光る2つの物体は、そんな鳴き声を繰り出してきた――。
「な、なんだあれ……? ネズミ……?」
赤く光っていたのは、どうやらネズミの瞳で、チュウチュウ鳴きながら僕の方へと近づいてくる――そして、僕の足にたどり着くと、何回か鼻をヒクヒクさせた後、頻りに鳴きだした。
「ちゅっ、ちゅー、ちゅう!」
僕からエサを恵んで貰おうとしているのか分からないが、小さいからだを伸ばして、必死に僕のズボンを引っ張ってくる――なにこれ、可愛い……。
この子とどうやって遊ぼうか考えていると、誰かが階段を降りてくる音が聞こえてくる――まさか、警察官か……!?
そう思った僕は、ネズミの鳴き声がうるさいという理由で警察官に処分されてしまうことを恐れて、僕のズボンを引っ張っているこのネズミを両手で包み込み、バレないようにする――すると。
「……お兄ちゃん?」
僕に妹はいない――そう思って声のする方へと視線を向けると、『人獣の女の子』であるニーナがそこに居た。
檻の向こうにいた彼女は、目を丸くして驚いている――そりゃあそうだ……僕の顔が『別人』になっているのだから。
(……ん? 待てよ、それならなんで『お兄ちゃん』って――)
そう疑問に感じていると、両手で包み込んでいたネズミが指の隙間から飛び出していき、ニーナの元へと走り去っていった。
「ちゅう、ちゅう、ちゅー!!」
「――やっぱり、お兄ちゃん……なんだね? この子がそう言ってるんだもの」
なるほど――さっきのネズミは、ニーナの『召喚獣』で僕の匂いを辿ってここまでやってきた、ということか?
「ニーナ……! 来てくれてありがとう……!」
自分の顔を変形させられ、身に覚えのない罪を被せられ、誰も『ロット』という存在を認識できないこの恐怖の状況で、『僕』を探し出してくれたことに感謝の気持ちでいっぱいだった。
「うん……! 今出してあげるからね!」
ニーナはそう言うと、ローブのポケットから『鍵』を取り出し、檻にかかっていた南京錠の穴に差し込んでいた――。
「そ、その鍵はどうやって……?」
警察官が手にしていたはずの鍵を、何故かニーナが持っていることに僕は驚愕する。
「彼らには悪いけど、眠ってもらってるの」
どうやら、召喚獣の『マンドラゴラ』で警察官たちを気絶させたらしい――マンドラゴラの悲鳴は、人間が気絶してしまうほどの悍ましい周波数を発してしまう……それを利用したらしい。
ニーナの才覚が凄すぎて、『英雄』と呼ばれているにも関わらず、大した功績を残せてない自分が恥ずかしかった……。
けど、今はそんなことを言ってる場合ではない。
「ニーナ……! 急がないと、『反乱』が――」
僕がそう言うと、彼女は目を丸くして驚く――。
「お兄ちゃん、知っていたの……!? 今、王宮で戦争が起きているの!!」
――どうやら僕は、間に合わなかったようだ。




