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アルクス先生はふらふらと覚束ない歩みで近づき、恐る恐る右手を伸ばし、そっと俺の頭に置いた。
「本当に、ライル君なんですね? 良かった…… 無事でいてくれて…… 大きくなりましたね」
昔は大きく感じた手は、すっかり小さくなっていた。いや、俺の体が成長しただけか。それでも懐かしい感触を頭に残したまま、過去の想いに少しだけ浸る。
「ご心配をお掛けしたようで、すみませんでした。でも、その様子だと俺に何があったのか知っているようですね?」
「ええ、詳しくは知りませんが、クラリスさんから手紙を貰いました。ハロトライン伯爵が君は死んだと言ったそうですよ。勿論、僕もクラリスさんも信じてはいませんでしたけどね。君の事だから、きっと何処かで生き延びていると思っていました」
手紙? クラリスはアルクス先生に手紙を送っていたのか。
「僕も君の事が気がかりでして、五年前にクラリスさん宛に手紙を送ったのです。返ってきた手紙の内容には驚きましたよ」
そうだったのか…… それでクラリスはアルクス先生の住所を知ることが出来たんだな。そうなると聞きたい事が沢山ある。何故アルクス先生がここにいるのか? クラリスは今どうしているのか?
「グフフ、どうやら二人は知り合いのようだの。積もる話はあるだろうが、先ずは食事にしようではないかね?」
おっと、俺は今領主に招かれているんだった。懐かしい相手と思いがけない再会をして、すっかり頭から抜け落ちていたよ。
「そうですね。詳しい話はまた後でしましょうか?」
俺とアルクス先生は領主に謝り、席に着いた所でエレミアが小声で話し掛けてきた。
「あれがライルの言っていた、昔魔術を教えてくれた先生なの?」
「ああ、そうだよ。まさかこんな場所で会うなんて思ってもみなかった」
ふ~ん、とエレミアは興味無さそうにアルクス先生をチラッと見ては料理に視線を戻す。
領主との会食はその後滞りなく始り、豪勢な料理に舌鼓を打つ。領主は久方振りの自領の食事を堪能し、シャロットとアルクス先生は慣れた手付きでマナー良く食事をしている。
「それにしても、王都で報告を受けた時は吾輩の耳を疑ったぞ。まさかシャロット自身が出向くとは…… 危険な事は控えるようにと言っておるだろうに」
「申し訳ありません、お父様。ですが、許可は頂いていた筈では御座いませんか?」
「ブフゥ~…… あれは兵士を動かす許可であり、指揮をとっても良い訳ではないのだがな」
領主は困り顔で、額に浮き出た汗をテーブルナプキンで拭いている。兵を動かすだけで、指揮や作戦なんかは隊長に任せるつもりだったのかな? まぁ、自分の娘を争いに送り出す親はそうそういないか。
「あら? そうでしたの? それはごめんあそばせ。気が付きませんでしたわ」
飄々とした態度に領主は深い溜め息を溢した。たぶん、シャロットは知っていてわざと自分も出撃したんだな。
「余り無茶はせんでおくれ。吾輩の家族はもうシャロットしかいないのだからな。お前まで失いたくはないのだ」
「…… 申し訳ありません。でも、放って置けませんでしたの。一刻も早く、領民達の不安を解消して差し上げたかったのですわ」
領主は少し気落ちしたシャロットの頭を優しく撫で、困ったように眉を寄せる。
「それは吾輩も同じだ。この領に暮らす者達を護りたい。だがな、その中にはシャロット、お前も含まれているのを忘れるでないぞ。しかし、今回のお前の行いはとても立派だったぞ。流石は吾輩自慢の娘だ。良く頑張ったな」
「有り難う御座います。それもこれも、ライルさんのお力添えあってこそでした。これからもこの家に恥じぬよう精進致しますわ」
突然俺の名前を呼ばれて、食事を喉に詰まらせてしまった。フゥ~、ビックリした。
「そうであったな。ライル君、これからも友人としてシャロットを宜しく頼むよ」
「あ、はい。此方こそ、宜しくお願いします」
テーブルに着きそうなぐらい頭を下げる領主を見て、噂通りの人なんだなと思った。でも何でそんな体型なんですかね? 絶対見た目で損してるよこの人。
そこからは、留守にしていた間の事や雑談を交えながら時間は過ぎていき、今夜は館に一泊する事になった。この会食で見た目はあれだが、決して話の通じない領主ではないという印象を受ける。それにアルクス先生もいるし、もっと協力者を増やしても良いのかもしれないな。
「アルクス先生とシャロットに魔力支配の事を話そうかと思うんだけど、どうかな?」
エレミアは何でもないような態度で平然と答える。
「ライルがそうしたいのなら、すれば良いと思うよ。その結果がどうあれ、私はライルの味方だから」
『わたしもいるから大丈夫! したい事をすれば良いんだよ!』
『我もいるぞ。別に良いのではないか? 何が起ころうとも我等がいる。安心せよ』
――巣、守る――
クイーンには完全に巣扱いだな。でも、俺には頼もしい仲間達がいる。恐れてばかりでは何も出来ないし、進まない。
今夜、俺はアルクス先生とシャロットに自分のスキルについて話そうと心に決めた。