6
露店を開いて暫く経ち、売れ行きは先ず先ずと言った所だ。それでも用意した数の半分近くは売れているので、初日としては上出来だろう。後は冒険者達から噂が拡がれば良いんだけど。
そんな思惑を働かせていると、東側の広場から人影が見えてくる。只の人影ならそんなに気にならなかったのだが、紫色の角刈りにノースリーブのシャツは目立つし見覚えがあったので、すぐに気付いてしまった。向こうも此方に気付いたようで、小走りで近寄ってきた。
「あらぁん? 確か、ライルちゃんだったかしら? 露店なんか出しちゃって、どうしたの?」
「こんにちは、デイジーさん。実は、この街を拠点にしようかと思いまして、店を構える資金を集めているんです」
「あらまぁ! それは素敵ね、お姉さんも応援しちゃうわ。商品は何かしら?」
魔道具の説明を受けたデイジーは、興味深そうに指輪を手に取り、繁々と眺めている。
「へぇ…… 面白いわね。それに、そこの果物達。季節は外れている筈なのに、凄く瑞々しいのね。これもライルちゃんが言った、特別な保存方法によるものなのかしらぁ?」
「ま、まぁそうですね。デイジーさんは此処へは薬の材料を求めて来たんですか?」
多少強引に話題を変えたが、デイジーは気にする素振りを見せずに、にこやかに答えてくれた。
「まぁね、この広場の露店には、たま~に良い掘り出し物があるのよ」
嬉しそうに舌舐めずりして、目を光らせるデイジーを目の当たりにして、ゾゾゾッと寒気が走る。掘り出し物ってどっちの意味なんですかね?
デイジーは指輪を一つと果物を幾つか買って足取り軽く、広場の西側へ歩いていった。
「やぁ、ライル君。露店を出すと聞いて寄って見たのですが、売れ行きの方はどうですか?」
去り行くデイジーを見送っていたら、横から声をかけられ振り向くと、そこには商工ギルドのマスター、クライドがいた。
おいおい、何でギルドマスターがくるんだよ。暇なんですか? とにかく挨拶をしなければと思い、急いで立ち上る。
「態々足をお運び頂いて、ありがとうございます。売れ行きは先ず先ずと言った所でしょうか」
「そうですか…… 聞きましたよ。冒険者ギルドで商品の実演をしたそうですね?」
流石、耳がお早いことで…… しかし、販売はしていないので違反行為ではない。
「はい、でもギルド内での商売はしていませんよ」
「ええ、それは分かっています。別に咎めに来た訳ではありませんよ。その魔道具に興味がありましてね、私にも売って頂けませんか?」
そう言うことなら問題はない、むしろ大歓迎だ。ギルドマスターはそれぞれ一種類ずつ購入してくれた。
「そうだ、君に伝えようとしていた事がありまして…… 君から預かった味噌と醤油なんですが、中々に好評みたいでね。幾つかの店舗から定期購入の話が来ていまして、その中には猫の尻尾亭もありますよ。どうしますか? ギルドを通すか直接出向くかは、君の自由です」
素直に嬉しいのだけど、まだ店も無く人手も足りない今の状況では個人で動くのは厳しい。ここはギルドに纏めて卸して、確実に各店舗に届くようにするしかない。
「纏めてギルドに卸しますので、後のことは頼んでも宜しいでしょうか?」
「そうですね。良い判断だと思いますよ。店を構えるまでギルドが責任を持って商品をお届けしますから、安心して下さい」
ギルドマスターは、元から長細い目を更に細くして微笑えみ、職員達のお土産にと果物を買っていった。
ふぅ、やっぱりあの人は苦手だな。俺が店を構えようと考えているのを知っていたし、もう全部見透かされてるんじゃないかと錯覚してしまう。
その後も行商人や冒険者達が訪れては魔道具を買っていき、日が沈みかけた頃に店を閉めた。初日の売り上げは上々で、完売とまではいかなかったが、半分以上は売れたし、ついでに出した果物の売れ行きもよかった。
明日もこの調子で行けたら良いんだけど、そう上手くいかないのも商売だからね。油断せずに、次の魔道具の構想を練らないと、流行り廃りってのは予想以上に早い。徐々に商品の種類を増やしていないと、今の売り上げだけでは店を構えるのに時間が掛かり過ぎる。
それに、鞄の作成もしたい。術式は完成しているのだが、素材が無くて、まだ完成には至らないでいる。鞄の造形はシンプルに肩から下げるタイプのものにして、口を広く作る。そして空間魔術の術式を刻み、鞄内の空間を拡張する。その倍率は元の容量のおよそ二十倍まで可能だ。それ以上だと鞄自体が耐えられずに、内側から破裂してしまう。
それと耐久性にも問題があった。一般的に売られているフォレストウルフの革や他の魔物の素材では心もとないのだ。普通に使う分には問題は余り感じないのだが、これは冒険者の為の鞄なので、激しい戦闘や厳しい環境にも耐えられる素材じゃないと、直ぐに使い物にならなくなる。
空間魔術による空間の拡張は一度発動すると、拡張したまま空間が固定されるので維持に掛かる魔力は必要としない。だけど、維持出来ないほどの損害を受けると―― 例えば、鞄の口以外に大きな穴が開いたりした場合―― 術の効果が切れて、元の容量に戻ってしまい、中に入っている物が鞄を突き破り、辺りに飛び散ってしまうのだ。
なので、生半可な素材では冒険者達の旅にはついていけない。ギルが言うには、ワイバーン等の下級ドラゴンの素材位でないと難しいようだ。
明日の午前中に人魚達の所に行って、カセットタイプの魔動コンロをアダマンタイトで作らせて貰おうかと思っているので、その時に何か良い魔物の素材がないか相談してみよう。