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「ガンテさんもその中心になっている商会の傘下に入っているんですか?」
「ここにはそういう商会はないよ。いや、あったと言った方が正しいのかな? とにかく、この南商店街はギルドの許可さえ貰えば店は出せるよ。但し、他の地区と比べると余り良い場所とは言えないけどね」
店を出すのは他の地区より簡単だけど、何か問題があるらしい。冒険者達が集まっていると言っていたから、治安でも悪いのかな?
「ご説明ありがとうございます。店を持つかどうかは、これから考慮したいと思います」
「うん、その方が良いね。所で何か買っていかないのかい?」
そうだな、話を聞くだけで何も買わないのは失礼にあたる。
「でしたら、処分するような屑鉄はありませんか? あれば此方で買い取らせて頂きたいのですが」
「屑鉄? それなら、鍛冶をしていたら沢山出てくるけど、そんなものが欲しいのかい? まぁ、買い取ってくれると言うのなら有り難いけど。今、持ってくるよ」
そう言ってガンテはカウンター奥から、樽二つ分の屑鉄を持ってきてくれた。それを銀貨二枚で買い取り、その場で全て収納する。
「ありがとうございます。また貯まりましたら買い取らせて頂きたいのですが宜しいですか?」
「ああ、勿論だよ。こんな屑鉄を二百リランで買ってもらって、むしろ此方からお願いしたいね」
ガンテに挨拶をして店から出る。さて、次はどの店にするかな。ガンテから聞いた通り、この南商店街は宿屋や酒場が多い感じがする。だけど鍛冶屋があの店しか見当たらないのはおかしい。冒険者が集まっているのなら、もっとあってもいいはずだよな?
そんなことを思いながら歩いていると、何やら液体の入ったビンの絵が描かれた看板を掲げている店を見つけた。確かここは薬屋だったな。目についたので中へ入ると、何だか独特な匂いが店に充満していた。棚に並んでいる色つきのビンを横目にカウンターにいる人物に話し掛ける。
「初めまして、行商をしているライルと申します。少しお話を伺っても宜しいですか?」
「あらぁん、いらっしゃい。私はこの薬屋の店主で薬師のデイジーよ、よろしくねぇん。お話しってなにかしら? 私に分かる事ならいいんだけどぉ」
おぅ、凄い癖のある人だね。紫色の角刈りにノースリーブのシャツ、そして自己主張の激しい割れた顎をした男性? いや、オカマって奴かな? ニューハーフってイメージじゃないんだよな。古き良き昔のオカマと言えば良いのだろうか。この世界でもいるんだな。
「なぁに? そんなに見詰めちゃって、もしかして私に惚れちゃった? 残念だけど私、逞しい肉体をもった人が好みなの。ごめんなさいね」
何か気付いたらオカマに振られていた。どうしよう、全然悲しくない、て言うかどうでもいい。
『うむ、これも時代の変化と言うものか。まさか我が封印されている間に新しい種族が誕生していたとはな』
いやいや、これ人間だから。でも新しい種族とも言えなくはないよね。
「ここには、どんな薬が置いてあるんですか?」
「そうねぇ、飲み薬に塗り薬色々とあるわよ。一般的な回復薬と各種解毒薬、増血薬に腹下しの薬、後は…… 貴族のご用達、夜が強くなる薬もあるわ」
へぇ、色んな薬があるんだな。しかし夜が強くなる薬か…… そんなものまで使わないといけなのか? 貴族ってのも大変なんだね。
「ねぇ貴方、行商人なんでしょ? 何か薬の材料になるものがあったら買い取るわよ。ギルドから仕入れると足元見られちゃうの、嫌よねぇ。商売だから仕方ないのは分かるんだけど」
薬の材料? エルフの里から譲って貰った薬草の他に何かあったかな?
「ライル、確かジャイアントセンチピードの毒液があった筈よ。あれは解毒薬の材料になるわ」
そういえば、そんなことを教わった気がする。傷や毒等は魔力支配の力で直せるので、すっかり忘れていた。
「あらぁ? 流石はエルフね。薬師として色々とご教授願いたいわぁ」
エレミアを熱い視線で見詰めながらデイジーは腰をくねくねとくねらせている。そんな奇妙な行動にエレミアは顔を引きつらせ、スッと俺の後ろに回った。
「いやぁん! 隠れないでよぉ、乙女の心が傷付くじゃないのぉ」
いや、流石にノースリーブの服を着た角刈りの男が、滑らかに腰をくねらせている姿は、精神衛生上あまり良くないと思います。
俺は魔力収納からジャイアントセンチピードの毒液が入ったビンと収納内で育てている薬草を取り出し、カウンターに置いた。
エルフは薬作りに長けているので、エレミアには暇なときに収納内で個人用に回復薬等の薬を作って貰っている。俺も一応作り方は教わったけど、これが中々難しくてまともに作れるようになるまでに随分掛かった。今も基本知識しか持ち合わせていない。
この魔力支配の力は、既存のものを解析して同じものを再現するのには優れているんだけど、新しいものを作るのは苦手だ。それは俺自身に問題がある。アイディアは浮かばないし知識も足りてない。前世の見たことのある物を再現しようとしても知識が足りずに半端なものになってしまう。これから少しずつ、色んな物を魔力で解析して知識を蓄えて置かないと、物作りなんて出来やしない。
はぁ、絶対に俺より、この力に相応しい人がいると思うんだけどなぁ…… ほんと、神様は何を考えているんだか。
デイジーはカウンターに置かれた薬草と、毒液の入ったビンを調べ終え、此方に向けた顔は真剣なものだった。
「ちょっとぉ、貴方達。この薬草、品質良すぎじゃない? もしかしてエルフが育てた薬草かしら? それに、この毒液も新鮮ね。まるでついさっき取ってきたかのようだわ。空間収納ってそんな便利なスキルだったかしらぁ?」
ヤバイな、怪しまれちゃってるよ。何とか誤魔化さないと。
「教えることは出来ませんが、特別な保存方法があるんですよ」
「ふ~ん、そうなの。ま、いいわ。品質が良くて新鮮なら文句はないしね。出来るだけ多く頂戴」
これは誤魔化せたんだよな? そう思うことにして、薬草と毒ビンを追加で取り出してカウンターに置いていった。
「この毒から作れる解毒薬は沢山売れるのですか?」
商品を査定しているデイジーに何気なく聞いてみると、不思議そうな顔で首を傾げた。
「あらん? 知らなかったの? 一口に毒と言っても、相当種類があるのよ。体か痺れて動かなくなるものや数時間で死んでしまうようなものまでね。その種類に応じて解毒薬の種類も豊富なのは知ってるでしょ? でね、ジャイアントセンチピードは暗いところなら何処にでもいるような厄介者で、その毒の被害が一番多いから、この解毒薬もよく売れるって訳。分かったかしら」
説明をし終えたデイジーが慣れた動きでウインクをしてきたが、それを軽く受け流す。
よく遭遇するから備えで買う人達が多いのか。薬の類いは店での取り扱いが難しそうだからギルドに卸すだけにしよう。
「ありがとう御座いました。これで失礼します」
「こっちも良い買い物したわ~、また良いのが手に入ったらよろしねぇん」
胸の前で小さく手を振るデイジーに見送られ、店を出た後にエレミアは遠くを見ながら、しみじみと言葉を漏らす。
「人間って変わってるわね。女性の真似をするのが流行ってるの?」
なんて言ったら良いのか分からずに、俺は曖昧な返事しか出来なかった。




