32
シャロットは四つのプロペラをつけた小型のドローンに似たゴーレムを造り空に浮かべた。これが偵察用ゴーレムか?
七十体のゴーレムは静かに動き出し、廃村を囲っていく。配置が完了すると、シャロットは近くの兵士に目配せをして、それを受けた兵士は火球を空に向かって放つ。恐らくあれが襲撃の合図なのだろう。俺も周囲に気付かれないようにハニービィ達を飛ばして警戒をしてもらう。
「さあ、準備は整いました。これから盗賊達を一人残らず取り押さえます。ゴーレム達よ! お行きなさい!」
命令を受けたゴーレム達は一斉に動き、塀を飛び越えていった。魔力が視える範囲で様子を伺うと、盗賊らしき白い影達が抵抗むなしくゴーレムに取り押さえられているのが分かる。どうやら此方が優勢のようだ。しかし、シャロットの顔は苦々しいものであった。
「予想以上に手強いですわね。特に首領と思わしき方が厄介ですわ。優先してゴーレム達を差し向けておりますが、悉く破壊されてしまいます。もう何名かアジトから逃げ出した者もおりますわね」
俺からは確認出来ないけど、中々苦戦しているみたいだ。もっと数を増やせればいいんだが、今のシャロットでは七十体がギリギリのようで、それ以上になると制御が利かなくなるらしい。なので今の所、破壊された側から新しいゴーレムを造る事しか出来ない。
鉄以上の強度にすることは出来る。だけど、そうなると今度はゴーレムの数が極端に減ってしまい取り逃がす盗賊が多くなり、アジトの周りで待機している人達の負担が増してしまう恐れがある。
アジトから出た盗賊達を、外で待ち構えている兵士や冒険者達が捕らえようと奮戦している。月明かりで照らされた山中に敵味方の魔法の光があちらこちらで点滅していた。当然ながら敵も魔法を使って来るんだよな。
こんな状況で全員を生きて捕まえる事なんて出来るのだろうか? そう思い、ちらりとシャロットの横顔を伺ってみたら、どうにも顔色が優れないように感じる。
「どうやら、わたくしの位置はバレているようですわね。真っ直ぐこちらへ来ていますわ」
誰に聞かせるでもなく呟いたシャロットの言葉を聞き、より集中して視てみると、立ち塞がるゴーレムを破壊しながら近づいてくる一人の魔力が視えてくる。そしてそれは俺達の前に姿を現した。
片手剣を持ち、革の鎧に毛皮のマントを羽織ったその男は、ざんばら髪で手入れのされていない伸びっぱなしの髭をしていて、大小の切り傷が目立つ顔はどう見ても盗賊の下っ端には見えない。
「よくもやってくれたなぁ。この非常識なゴーレムの数、てめぇが噂に聞くゴーレムマスターさまか? あ? お陰で俺達はおしまいだぜ。だけどよ、やられっぱなしじゃいられねぇ。せめて、てめぇだけはぶっ殺してやる!」
男は血走った目で睨み付け、呼吸を荒くして此方に近付いてくる。そんな姿にもシャロットは臆することなく声を高らかに上げた。
「如何にも! わたくしはレインバーク領領主、マーカス・レインバークが娘、シャロット・レインバークですわ! 貴方がこの盗賊達を束ねる方ですわね?」
シャロットの問い掛けに男はニヤリと気味の悪い笑みを浮かべ、黄ばんだ不揃いの歯を見せつけてくる。
「そうだ、俺がこいつらの親玉よ。ああ…… ムカつくぜ、てめぇみてぇに生まれも育ちも良さそうな奴を見るとよぉ、胸くそが悪くならぁ。そのすました顔を恐怖と恥辱で歪ませてやるぜ!!」
そう言うや否や盗賊の首領は剣を振り上げ迫ってくる。周りの兵士達が取り押さえようと立ち向かうが、首領の素早い身のこなしと剣さばきで体を斬られ地面に倒れてしまう。俺は急いで魔力を伸ばし、斬られた兵士の止血をする。幸い命に別状はない、見た目より傷が浅かったようだ。
「お嬢様! ここは私にお任せください!」
兵士長のグレアムが首領の前に立ち塞がり剣を打ち合わせ、一進一退の攻防を繰り広げている。流石は盗賊達のトップだな、ここまで来るのに体力を相当消耗しているはずなのに、グレアムと互角、いや若干首領のほうが押しているように見える。
「他の盗賊達は粗方捕らえたようですわね…… ライルさん、魔力の補充をお願い致します」
いったい何をする気なんだ? 俺は言われた通りシャロットに魔力を渡すと、今までのゴーレムを全て消して新たな黒い全身鎧の形をしたゴーレムを一体だけ造り出した。
「見た目はさほど変わりませんが、このゴーレムは先程のような量産型とはひと味もふた味も違いますわよ。さあ、あの方を取り押さえなさい!」
命令を受けた黒いゴーレムは、地面が陥没するほどの踏み込みで首領へ飛び掛かり、その拳を顔目掛けて放つ。しかし、首領は紙一重で躱して距離を置いた所で、魔力が籠った左掌を向けてきた。まさか! 魔法を使うつもりか!
「シャロット! あいつは魔法を使――」
俺が言い終わる前に空気が割けるような音と共に眩い閃光が黒いゴーレムに襲い掛かった。突然の眩しい光で目がチカチカする。くそ! あの野郎、雷魔法のスキルを持っていたのか。グレアムは巻き添えを食らう形になり、体から煙を出し倒れていたが、何とか起き上がろうとしている。良かった、無事みたいだな。首領は勝ち誇ったような顔をしていて、実に腹立たしい気分だ。
「あら? その程度で何を得意気になっておりますの? その様な稚拙な魔法ではわたくしのゴーレムに傷ひとつ付ける事はできませんわ」
シャロットが告げた通り、ゴーレムは無傷でその場に立っていた。首領の顔は一変して怒りに染まっていく。ゴーレムは再び首領に向かい駆け出し、手を伸ばし掴みかかろうとする。
「くそが! なら操っている奴をぶっ殺せばいいだけだ!」
首領はゴーレムの攻撃を掻い潜り、シャロットに稲妻を放ってきた。横に伸びる閃光が襲い掛かってくる! しかし、それはシャロットに命中する前に、もう一つの稲妻により相殺されてしまう。
「ふん、魔力の込めかたが甘いわね。そんなんじゃ人は殺せないわよ」
「ちっ! 何でエルフがここにいやがるんだ!」
エレミア、良くやった!! 光の速さで向かってくる稲妻を自身の雷魔法で相殺するなんて、凄すぎだろ。どんだけ反射神経が良いんだよ、身体強化の魔術でも使ったのか?
自分の魔法を防がれ、驚きで一瞬だけ生まれた隙をつき、ゴーレムが後ろから首領の剣を持っている方の腕を掴んでへし折った。痛みで剣を離した所でゴーレムは続けてローキックを右足に叩き込むと、ゴギッ! という鈍い音が俺の耳にまで響いてくる。堪らず倒れ込んだ首領にゴーレムは流れ作業のように、もう片方の腕を踏み潰す。うげ! 見ているこっちが痛くなってしまう、いくら後で治せるからって、容赦がないね。
「~~~~!!!」
声にならない叫びを上げた首領は、苦痛に満ちた顔をシャロットに向けて、怨嗟の声をその口から発する。
「ちくしょう、魔力が残っていたらこんなゴーレムなんかに…… くそったれめ…… さっさと殺せ…… 」
「お断り致します。貴方には生きて法の裁きを受けて頂きますわ」
「法だと?…… 何が法だ! その法が俺達から何もかもを奪いやがった!! てめぇらは何時だってそうだ! 弱いやつから搾れるだけ搾り取って行きやがる。だから俺達もそうしたんだ…… 金も、女も、命も、自由も、尊厳ってやつも、奪えるものは根こそぎ奪ってやった。てめぇらとどこが違う! 俺は…… 俺の奪われたものを取り戻したかっただけだ。それの何が悪い!」
彼等にも彼等なりに理由があるのだろう。好きで盗賊になる者もいれば、それしか生きる道がなかった者もいるのかもしれない。法律だって人間が作ったものだから完璧とは言えず、時代と共に矛盾や穴が出てくる。そこを利用して不当な利益を得る輩もいるだろう。この盗賊達も見方を代えれば被害者であるとも言えなくはない。
「左様ですか、あなた方の不幸な事情はわたくしでは推して知ることは難しいでしょう。ですが! それが周りの者達を傷付けて良い理由にはなりませんわ! 彼等があなた方にいったい何をしたというのですか? 何故、他の方法を考えませんでしたの? 何故、関係のない方達まで手に掛けたのですか? 何故! わたくしの領民達が苦しめられなくてはならなかったのですか!」
「へっ、俺は気付いたんだ。この世の中にはどんなに頑張っても、どうにもならない事がある。どんなに真面目に生きたって報われはしねぇってな…… だったら好きに生きてやろうと思ったんだ。てめぇには分からねぇだろうよ。生まれた時から恵まれてる貴族のお嬢様なんかにはな!」
「…… ええ、分かりません。そんなもの分かりたくもありませんわ! 貴方は逃げただけです。ご自分の不幸を、生まれを、周りの全てを言い訳にしているだけでは御座いませんか! 貴方がどんなに不条理に見舞われたとしても、それと同じ事をしたら加害者でしかありませんのよ。どうして、被害者のままでいられなかったのですか?」
「…… 馬鹿にしてんのか? それじゃあ、俺達に泣き寝入りしろってことか! 他の方法なんて無いんだよ!」
「違います! …… 違いますわ。きっとあるはずです。諦めずに探し続けていれば…… 盗賊以外の道が必ず……」
それしかなかった、他に選択肢なんて無かった。この言葉でどれだけ自分を騙して来ただろう。適当に理由をつけて自身を正当化する事で無理矢理に納得させている。そうしないと自分を保てなくなるから…… シャロットのような考えはきっと正しい、だからこそ受け入れられない部分もある。命を狙われたあの時、出会っていたのがアンネではなくこの首領のような人だったら、俺はどうしていただろうか?




