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王妃様から呼び出しを受けた俺は今、アンネの精霊魔法にて自分の部屋から領主の館前まで来ている訳だが…… 緊張で足が止まりこれ以上進めずにいた。何度と通っている目の前の扉がとても大きく重そうに感じてしまう。
呼び出しの用件はもう分かっている。お祭りを堪能した国王様が帰還される際に、インファネース独立の為に俺と仲間達の力を借りる時が来るだろうと仰っていた。
それだけならこんなに緊張などしないのだけど、俺は国王様と王妃様に全力で協力すると約束したからね。なら、自分の力をある程度知って貰わないと有効に利用出来ないだろうと考えた。そう、魔力支配の全てを話す訳ではないが、魔力収納やそこに住む皆の事を王妃様にお伝えする覚悟で今日はここへ来ている。
もう何度目かになる深呼吸をすると、若干冷たくなった秋の空気が喉と肺を通過する。
「ちょっと、何時までこんな所で止まってんのよ。早く中に入って紅茶とお菓子が食べたいんですけど? 」
一向に前に進まない俺に、隣で飛んでいるアンネが呆れた様子で話し掛ける。
「仕方ないだろ? 自分の力の一端とは言え、国王様の次に偉い人へこれから打ち明ける訳だぞ? 王妃様を信用していない訳ではないけど、やっぱり不安はあるさ」
「それで都合が悪くなったらさっさと別の場所で暮らせばいいのよ。世界はこんなにも広いんだから! 」
「アンネ様の言う通りよ。なんなら、エルフの里に戻っても良いんじゃない? 転移門で他の種族との取り引きも出来ているし、人間の街に固執する必要もないわ」
そうだな、いざとなったら母さん達を連れてエルフの里で静かに雑貨屋をしながら暮らすのも悪くないかも。まぁ、それも全ては世界が平和になった後でだけどね。
ふぅ…… 二人が逃げ道を用意してくれたお陰で幾分か気が軽くなったよ。ここまで気を使わせてしまっては、これ以上立ち止まってなんていられないな。
事前の話し合いで、魔力収納にいる皆には王妃様へ彼等の事を話す許可は貰っている。沢山の仲間に背中を押され、俺は魔力で扉を操り開けて中へ入る。
「グフ、良く来てくれた、ライル君。王妃様がお待ちであるぞ」
扉の先で領主が出迎え、そのまま王妃様が待つ執務室へと俺達は向かった。シャロットとコルタス殿下の二人は私用で今日は留守にしているらしい。
のっしのっしと歩く領主の背中を見ていると、思わずフッと笑みが溢れる。まさかこんな絵に書いたようなこれぞ悪徳貴族という見た目なのに、理解も懐も深く領民に好かれる真っ当な領主なんだよな。シャロットが自慢の父親だと言うのも分かるよ。
「ブフ? どうかしたであるか? 」
「いえ…… 少し昔を思い出していました。失礼を承知で言いますけど、これほど見た目と中身がそぐわない貴族は初めてですよ」
「グフフ、皆最初はそう思うものよ。そう気にするでない。それに、吾輩の黒い噂が娘を世間の目から隠してくれる。シャロットには自由に好きな事をさせてやりたいのでな」
シャロットを守る為にわざとそういう振る舞いをしていると領主は言うけど、半分以上は素なのではないかと疑ってしまう程その役にピッタリだ。
「しかし、それももう必要ないのかもしれん。吾輩が守らなくとも、娘には良き友人と仲間、それに頼もしい婚約者殿もいる。これで心置き無く、後を任せられるというものである」
嬉しそうな、それでいて少し寂しそうに言う領主の背中は、何処か覚悟を決めた男のそれに見え、何やら嫌な予感を感じて声を掛けようとしたが、その前に王妃様が待つ執務室に到着した。
「さ、着いたであるぞ。中で王妃様がお待ちである」
領主が扉をノックをし、王妃様の返事を受け中に入る。
奥の執務机と入り口の間に設置された来賓用のソファに座り、テーブルの上にある紅茶を優雅に飲み、王妃様は微笑みを浮かべる。
「急なお呼び出しにも関わらず、こうしてすぐに応えてくれて感謝します。どうぞ、お掛けになって」
「失礼します」
テーブルを挟んで向かい側のソファに俺とエレミアが座り、領主は王妃様の隣へと腰掛ける。アンネはテーブルの上に降りては用意されていたクッキーに早速かぶりついた。そんなアンネの姿に王妃様はにこやかに笑う。
「フフ、足りなかったら追加で持ってこさせるから、遠慮なく言って頂戴ね」
「ムグムグ…… クッキーも良いけど、ケーキはないの? あたし、ケーキが食べたいんだけど? 」
「すぐに用意させるわね」
近くに待機している使用人にケーキを盛ってくるよう指示する王妃様に、俺は頭を下げる。
「申し訳ありません、アンネが我が儘を…… 」
「なによう、遠慮するなって言うからそうしただけじゃない」
「あのね、社交辞令をそのまま受けないでくれよ。失礼だし、恥ずかしいじゃないか」
「んなの知らないわよ。妖精に人間のルールなんて通用する訳ないでしょ? 」
いや、結構人間社会に身を置いているんだからさ、それくらいの事は分かって貰いたいよ。
「構いませんよ、妖精とはそういう種族ですから。そんな彼女だからこそ、私は友になりたいと思ったの」
王妃様の言葉に、ほらね―― とドヤ顔をするアンネにちょっとイラッとしたけど、ここは気にせず話を進める。
「こうして呼び出されたという事は、国王様が私を必要とする時が来たのですか? 」
「えぇ、その通りです。貴方とその仲間達のお力を貸して頂けませんか? 何やら貴族派の者達が怪しい動きを見せ始めているようなのです。彼等と公国との繋がり、そして公国とカーミラの繋がりが判明した事もあり、向こうの動きが大胆になった気がします。恐らく彼等にはもう後が無いのでしょう。そうなると何を仕掛けてきてもおかしくはありません。出来うる限りの備えをして置かなければ、このインファネース独立も出来なくなってしまいます」
そうか、遂に向こうも形振り構っていられない状況に追い込まれているって訳か。下手をしたら最悪王都が戦場になる可能性だってある。魔王との戦争中にそんな事になったら、帝国率いる連合軍にとって大きな痛手だ。
やはり王妃様に魔力収納の事やそこに住む皆の事を話し、有効に利用して貰うのが一番良いのだろうな。
俺は意を決して王妃様へと口を開いた。