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腕なしの魔力師  作者: くずカゴ
【幕間】
811/812

蒼き人狼の苦悩

 

 俺は人間が嫌いだ。



 奴等は俺達から全てを奪っていく。居場所、家族、仲間、尊厳、命…… そう、全てだ。


 俺の両親は冒険者と呼ばれる人間に殺され、その場で皮を剥がれ残りは捨て置かれていた。コボルトの毛皮は安くて丈夫という理由で人間の間で多く流通しているらしい。どこぞの人間が両親の皮を纏っていると思うと怖気と嫌悪が沸き上がる。


 だが、それ以上に怒りを覚えるのは同じコボルトの連中だ。


 俺達の身体能力はそこらの人間より優れている。特に足の速さには自信があった。しかし、それも人間の知恵と道具によって尽く敗れてしまう。何時しか群れの老人共は牙を抜かれて逃げ隠れに徹底し、それに若い奴等と子供が従うのが普通となった。


 何時からだろうか、そんな生き方に疑問を持ち始めたのは……


 逃げてばかりでは狩られるだけ、人間達と戦う為に群れ全体でどう戦い生き残るか考えるべきだ。


 当時まだ子供だった俺が、大人達に向けてそう主張した事があったが、所詮子供の言うことだと歯牙にもかけてくれなかった。


 そのまま人間から隠れ住むようになり俺が大人へと成長した頃、コボルトに転機が訪れる。


 俺達の群れからコボルトキングが誕生したのだ。


 キングの力は凄まじく、特にその速さは人間の知恵や道具を意に介さない程だった。コボルトの未来に光明が差したかと思われたが、絶望はすぐにやって来た。


 ある日、一体のオークが俺達の群れに訪れた。そいつの両腕はまるでオーガのように赤く、筋肉が盛り上がり、明らかにオークの肉体にはそぐわない見るからに歪なそのオークに警戒し、近付く者は誰もいない。コボルトキング以外は……


 奴は言った。


「魔王となる為に貴様の力を貰い受ける」


 意味は分からないが、あのオークが俺達のキングに宣戦布告をしたのだと本能で理解し、キングはそれを受けた。


 激闘の末、勝ったのはあの歪なオークだった。


 奴は倒れたキングから魔核を抉り出すと、そのまま飲み込む。するとオークの下半身がみるみる内に変化していき、俺達コボルトと同じ足へと変貌した。


 人間だけではなく、オークにさえも俺達の誇りを奪われた。俺の中で激しい怒りが渦巻くが、どう足掻いた所で奴には到底敵わない。本能でそう理解している体は、この怒り狂う自分の意思とは逆にまるで石のように固まっては動いてはくれなかった。


 殺される…… きっとこの場にいた誰もがそう思った事だろう。しかし、奴は用事が済んだとばかりに踵を返し、不様に怯えて固まる俺達を横目に立ち去って行った。


 悔しい…… 奴が立ち去って行く姿に安堵した事にどうしようもない悔しさが込み上げてくる。結局俺達は奪われるだけの、狩られるだけの存在なのか……


「へぇ…… あなた、中々面白い個体ね。興味深いわ」


 唐突にそんな声が掛けられ、驚いた俺が目を向けた先には…… 紫の髪をした人間の雌がいた。


 何故此処に人間が? 一気に警戒心を高めて威嚇する俺に、その人間は玩具を見るかのような目で俺を見詰めてくる。


「ねぇ、貴方。力が欲しくはない? 私なら、貴方をあのコボルトキングより強く出来るわ。悔しいのでしょ? 奪われる側から奪う側へとなりたいとは思わない? 」


「…… ちからを? それはほんとか? 」


 今思えば怪しさしかない誘いによく乗ったものだ。それほどコボルトだった頃の俺は知能が低かったのだと実感出来る。


「えぇ、本当よ。参考までに聞くけど、貴方はどんな力が欲しいのかしら? 」


「にんげんのように、かしこくなりたい。にんげんがみにつけている、かたいのをこわせるつめと、もっとはやくはしれるあしがほしい」


「そう、人間のように…… フフ、分かったわ。私について来れば、貴方の望む力を与えてあげる」


 そう言って人間が手を翳すと、何やら変な模様が浮かび上がり、空間に穴が空いた。あの先に俺の望む力が……


「そこの貴方達も興味があるなら一緒に来る? 」


 人間は俺の後ろへと目を向けて話し掛けるので振り向けば、そこには俺と同じ時期に生まれた二体のコボルトがいた。


 強くなれるのなら…… そう決心した俺達はその人間に追従して潜った穴の先で目にしたのは、薄緑色した液体が入っている透明な筒のような容器が幾つも並ぶ光景だった。



「大丈夫、これから貴方達は強き者として生まれ変わるの」


 あの透明な筒の中に入ると中に薄緑色した水を流し込まれた所まで覚えているが、そこから先は意識を失っていたのか記憶になく、目覚めれば自分の肉体が大きく変わっていた。


 俺についてきた二体も大きく様変わりしており、体毛も黒と赤に染まっている。かくいう俺も青い毛に覆われていた。


「おめでとう。これで貴方達はコボルトからウェアウルフへと進化したわ。これから貴方はウォルフと名乗りなさい。そして私の為に働くのよ。そうすれば、貴方達の繁栄を約束するわ」


 ウェアウルフのウォルフ―― それが俺の新しい種族と名前。


 そして黒いウェアウルフをマトヴェイ、赤いウェアウルフをカリナと名付けた人間の雌に俺達は従う事となった。全ては生き残る為に……


「これから世話になるし、あんたの名前を教えてくれないか? 」


 そう聞いた俺に、人間の雌は薄ら笑いを浮かべる。


「私の名前は、カーミラよ」


 これが俺とカーミラ様との出会いだった。









「そんな呆けた顔してどうした? ウォルフ」


 公国で活動する為の臨時拠点として使っている一軒屋。隣室から俺の部屋に来たマトヴェイが声をかける。


「いや…… 少し昔を思い出していただけだ。それより、あいつらはどうしてる? 」


「隣でカリナにコッテリと絞られている。せっかく生きて戻って来られたのにな」


「まったく、この国のお偉いさん方は何も分かってねぇ。確かに、王を殺すには城から離れている時が狙い目だが、場所が悪かった。まさかあの化物共がいる街とは…… そんなの成功する筈が無いだろうに」


 カーミラ様からの指示だから大人しく公国の連中に従ってきたが、最後の最後に厄介な事をさせやがって。しかし、それも今日で終わりだ。何で俺達が人間なんかに使われなければならないんだ。


 そもそも、カーミラ様にはここまで強くして貰った恩義はあるが、俺達の目的は生き残って一族を繁栄させる事にある。最初にウェアウルフとなった俺とマトヴェイ、カリナの三人はカーミラ様から直接手を加えられ、世界の理とやらから外れたらしく、子供を作る事が出来ない。

 その代わり、コボルトから新たなウェアウルフへと進化させる術を授かった。その術で俺達の体内でウェアウルフの元となる魔核を形成し、それをコボルトの魔核と融合させることでウェアウルフへと進化を果たす。そうして生まれたウェアウルフは世界の理から外れる事もなく、子供も問題なく作れるらしい。


 そうやって俺達は少しずつだけど仲間を増やしてきた。もう、カーミラ様に付き従う意味はあるのだろうか?


「…… 余り滅多な事は考えない方が良い。俺達はカーミラ様に従い共に新しき世界へ行き一族を繁栄させる。そう三人で決めたじゃないか」


 考えている事が顔に出ていたのか、不審に思ったマトヴェイが普段以上に厳しい表情を浮かべる。


「そうは言うけどよ、お前はあの力を実際に体験していないから分からないんだ。あれは本当に恐ろしい…… 体の内からジワジワと侵食されていくあの絶望感は、もう二度と味わいたくない」


 そう、あの両腕が無い隻眼の人間―― 確かライルという名前だったな。魔力が多いだけの人間だと思っていたが、まさかあれほどまでとは…… しかもその馬鹿みたいな魔力量で俺の肉体を直接支配しようとして来やがった。何とか魔力の侵食を抑える為に必死に抵抗したが、それでも動きを封じられてしまった。


「俺達は思い違いをしていた。本当の化物はあのライルという人間だ。あれは何れカーミラ様をも越えるかも知れない。そうなった時、俺達は確実に生き残る為に最善の選択をしなければならないとは思わないか? 」


「それでも、今はカーミラ様に従うべきだ。それがお前の言う最善の道なのではないか? もし、その人間が本当にカーミラ様の脅威となる程の力を持つと言うのなら、その時にカリナと三人で話し合っても遅くはないだろ? 明日から此処を引き払って新しい任務に移るからな、今日はゆっくりと休んでおけ」


 そう言ってマトヴェイは部屋から出ていった。


 昔は人間のように賢くなりたいと思っていたが、実際にそうなってみると色々と心配事が増えて悩ませられる日々。ただがむしゃらに生き残るだけを考えていた頃が懐かしく思うが、戻りたいとは思わない。



 俺は人間が嫌いだ…… 今となっては、それももう昔の話さ。


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