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腕なしの魔力師  作者: くずカゴ
【第十八幕】公国の悪意と王国の変化
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 ウェアウルフの襲撃というトラブルもあったが、何とか祭りも最終日を迎える事が出来た。


 時折マナフォンで連絡をくれるクレスの話では、帝国であの黒騎士から訓練を受けているらしい。雷の勇者候補に負けたのが余程悔しかったのか、すぐに追い付いて見せると息巻いていたな。他の勇者候補であるアロルドとレイラも黒騎士の過酷な訓練に必死になって食らい付いていると話していた。


 今はまだ小競合い程度で済んでいるけど油断は出来ない。魔王と人類の争いは終わりが見えず、この緊張状態が長く続きそうだなと、クレスの話を聞いてそう予感めいたものを感じた。







「わたしがちょっと離れていた間にそんな事があったなんて…… 兄様が呼んでくれたら、直ぐにでも駆け付けたのに…… 」


 祭り最終日の朝。俺と一緒に外を回ろうと店に来たレイチェルが、ウェアウルフの襲撃があった事を聞き、自分がその場に居合わせてなかったのを気にして落ち込んでいた。


「レイチェルはリリィへ会いに帝国に行っていたんだろ? 友人との時間を邪魔するのも何だし、俺達だけでもどうにかなると判断したんだ。まぁ、結果として逃げられてしまったけど…… 決してレイチェルを蔑ろにした訳ではないからな」


 そう、ウェアウルフを相手にしたその日、レイチェルは祭りで購入した屋台の料理やお菓子等をお土産に帝国にいるリリィへと会いに行っていた。


「リリィ達は忙しそうだった? 」


「えぇ…… 黒騎士と勇者候補の訓練に混じっていたわ…… 祭りに行けなかった事を残念そうにしていたけど、わたしの持ってきたお土産を見て、来年はクレス達と一緒に行けるようにすると言ってた…… 」


「そっか、そうなると良いね」


 来年か…… 今年も既に半分が過ぎた。残りはきっと王国にとって怒濤の半年になるだろう。何せ王の退位と即位、インファネースの独立に向けて大々的に動き出すからね。こんな戦争真只中に更なる混乱を招く事になるだろうが、隣のヴェルーシ公国がカーミラと繋がりこの王国を狙っているのが判明した今、魔王にばかり目を向けてはいられない。国内には公国の息が掛かった貴族派が本格的に動き出すのが予測出来るからこそ、国王様と王妃様は無理にでも計画を早めようと決意した。ならば俺も自分や家族の為に協力するしかないよな。


「ところで、クレスから聞いたんだけど…… 帝国で黒騎士と手合わせしたんだって? 」


「同じ闇魔法の使い手として軽く手合わせして頂いたの…… 流石は帝国最強の騎士…… あの一戦で色々と学ばせて貰ったわ…… 」


 クレスの話では黒騎士から手合わせを申し出たらしい。レイチェルも黒騎士と同様に闇の属性神から加護を授かっているので、恐らくそれに気付いた黒騎士が興味を持ったのだろう。


「それと、勇者候補全員を帝国に集めているみたいで、クレスから火の勇者候補であるアランへの説得を頼まれたの…… 」


「アランを? 彼はその要請に応じてくれそう? 」


「アランだけなら説得はそう難しくないけど、問題は父様よ…… 領地の利益にならない事には関心を示してくれないから、今アランを魔王との戦争に参加させる事によりどんな利点があるのか考えているの…… 後継者を失うかも知れない危険を上回る利点がなければ父様は頷いて下さらないから、逆にアランを戦争に送り出さなかった為に被る損害を提示して説得を試みようと思うの…… 」


 レイチェルは勇者候補であるアランをクレスの下へ送るのに反対ではないようだ。魔王を倒してこの戦争を終わらせる為だから仕方ないとは言え、実の弟を戦地へと向かわせるのだから諸手を挙げて賛同する訳にもいかない。何とも複雑な気分だよ。







 最終日とあって街には結構な人で溢れている。元から住んでいる人も外から来た人も関係無く皆楽しそうだ。戦争で暗くなった気持ちを一時でも忘れようとしているのだろう。俯いたままでも最低限生きてはいける。でも、それじゃあ楽しくないだろ? せっかくこの世に生まれてきたのだから、少しでも笑っていたいじゃないか。せめて此処だけは…… ね。



「ねぇ、あそこの屋台で綿菓子が売っているから買いましょ? 」


 美味しそうに綿菓子を食べている子供を見て自分も食べたくなったのか、エレミアが屋台へと指を差す。


「祭りのお菓子といったら綿菓子だからね。良いよ、一つ買っていこうか」


 木の串に巻かれたフワフワの綿菓子を、エレミアは手で千切っては口に運び頬笑む。


「原料はただの砂糖なのに、どうしてこんなに美味しいのかしらね? 不思議だわ」


「多分、祭りの雰囲気も相まって更に美味しく感じるのかも知れない…… それとこの口に入れてすぐ溶けるのも楽しくて手が止まらないのも良い…… 」


 エレミアとレイチェルが、一つの綿菓子を取り合うように食べる姿に、思わず顔が綻んでしまう。


「そう言えば、今夜はアンネが歌うのよね…… 妖精と人魚の歌はこの祭りで初めて聞いたけど、アンネの歌も楽しみ…… 」


「アンネ様、朝から張り切っておいでだったから、きっと素晴らしい舞台になると思うわ」


 そう、アンネは朝から打ち合わせをしてくると言って早々家から飛び出して行った。相当気合いが入っている様子に、何だか不安さえ感じてしまう。


「今年は自分の歌声を街中に響かせるんだ! なんて言っていたけど、本当にそんなのが出来るの? 」


「アンネ様のお話では、風の精霊魔法を使ってあちらこちらへと声を届けるそうよ。その為の要員としてフェアヴィレッジにいる妖精を連れてきたらしいわ」


「あぁ…… だから今日はこんなに妖精が多いのか」


 あっちを見てもこっちを見ても、必ず妖精が目に入る。お祭りの最終日を盛り上げる為ならばと納得はするけど、その分面倒も多くなる。俺を含めて各商店街の代表達は、自分の管轄内で起きたトラブルを大きなものから小さなものまで事細やかにメールで送り共有しているのだが…… この日のマナフォンには、妖精達のしょうもない悪戯の報告で埋め尽くされていた。








「イェ~イ!! みんな、待たせたわね! 今年もあたしの歌を聞けぇーー!! 」


 日も完全に落ちた頃、中央広場の特設ステージでアンネが集まった民衆や外から来た客達に向かって叫び、それに応じた歓声が返ってくるのと同時に花火が打ち上がる。


 アンネの提案で、今年は花火を上げながら歌を披露するらしい。夜空に咲く大輪の花々に、去年の祭りを経験した者も、今年初めての者も、熱気の渦に巻かれては一つになる。それを様子に軽く頷いたアンネは、早速最初の曲に入った。


 ステージ上にいる妖精達が音の精霊魔法で奏でるアップテンポな曲調と、人魚達の透き通るコーラス、そしてノリノリで歌うアンネの声が、街の各地に待機している妖精の精霊魔法によってインファネース全体へと響きわたる。


 一曲、二曲と進んでいく内に、その曲調に合わせて花火の種類と打ち上がる速度を変えている事に気付いた。花火の醍醐味の一つである大音量の爆発音は、魔術である程度調整が可能であり、曲中には出来るだけ小さな音で、曲の始まりや終わりには馴染み深いあの大きな音を、と上手く使い分けて見事にアンネ達の曲と花火が調和している。その幻想的とも言える光景に誰もが目を奪われているのを見て、俺も少なからず感動を覚えた。


 凄いな…… この一年でもうここまで応用出来るようになったのか。



 ふと目線を周囲に向ければ、ステージから少し離れた場所に天幕が張られ、その下に設置された椅子に座っては楽しそうにアンネ達と花火を鑑賞する王妃様と、その両隣に座る領主とシャロット、そしてコルタス殿下の姿があった。


 見られているのに気付いたのか、シャロットが此方に目を向けて軽く手を振って来たのを会釈で応える。俺には振り返せる手がないからね。


「兄様…… この様な歌も、花火も、お祭りも、全部が初めてでとても楽しい時間を過ごせました…… 今日で最後なのがとても残念だわ…… 」


「大丈夫、また来年があるさ」


「そうね。去年も良かったけど、今年はそれを越えてきた。来年にはどうなるのか今から楽しみね」


 ステージと花火の明かりに照らされながら、レイチェルとエレミアはとても満足そうな表情を浮かべていた。


 どんなに素晴らしい時間も、何時かは必ず終わりを迎えてしまう。最後の曲が終了するのと同時に大量の花火が打ち上がっては夜空を真昼のように明るく照らし、後に残るのは灯りの消えたステージと上空に輝く星空と静寂だけ。余韻に浸る人々の誰一人として口を開かず静かに佇む光景は、事情を知らない人が見れば異様に映るだろう。


 やがて一人、また一人と徐々に中央広場から離れていく。あれほど華やかだった時がアッサリと終わってしまう。それに若干の寂しさを覚えるのはきっと俺だけではないと思う。



 これで一週間のお祭りも終了だ。最初は長いと思ったが、いざ始めて見るとそんなでもなかったかな。まぁ大成功とは言えないけど、被害も最小限には抑えられたし、今年の祭りは概ね成功と言える。


 また来年も出来れば良いな…… いや、してみせよう。どんなに苦しくても、楽しもうという気持ちを忘れない為にも。


 遠くからアンネの俺達を呼ぶ声が聞こえ、エレミアとレイチェルと共に苦笑し合う。たぶん去年と同様にこれから此処で打ち上げでもするのだろう。


「アンネ様が呼んでいるわ。行きましょう、ライル」


「アンネの事だから、あの歌や花火の演出について早く自慢したいのだと思う…… 」


 アンネの言動を予測して更に笑みを深める俺達は、この楽しい時間がまだちょっとだけ続く事への嬉しさを胸に抱いて歩き出した。











 あれから月日は経ち、戦況に大きな変化が見られない中、夏から秋へと変わっていくとある日の朝。


 俺は自室の窓を開け、流れてくる若干冷たくなった空気を肌に受けつつ、昨夜マナフォンに送られてきた王妃様からの呼び出しメールを再度確認した。



 ふぅ…… ついにこの時が来たか…… 王都へ行くのなんてあの時以来だ。六、いや七年振りかな?


「ライル、準備は出来た? 」


「あんましディアナを待たせちゃ悪いっしょ? 」


 そう声をかけるエレミアとアンネに顔を向け、良し! と気合いを入れる。


「それじゃ、行きますか! 」



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