光と雷 3
使用人の案内で練兵場まで来た僕達が最初に目にしたのは、訓練とは思えないくらいな気迫で剣を打ち合う兵士達の姿だった。
訓練用の剣なので刃は潰されているからそ死ぬような事はないだろうが、それでもまともに食らえば骨の一本や二本、簡単に折れてしまう。
そんな鬼気迫る兵士達の士気に言葉を失い呆然としているところに、馴染み深い声が掛けられ気を取り戻す。
「クレス! レイラ殿! アロルド殿! 皇帝陛下との謁見は済んだのか? 」
声のした方に顔を向ければ、意気揚々としたレイシアと相変わらず眠たそうな目をしたリリィが此方へと歩いてくる。そしてその二人のすぐ後ろには、あの禍々しい漆黒の鎧を身に纏い、腰には左右一本ずつロングソードを携えている黒騎士がいた。
「二人も来てたのか。で、レイシアはどうしてそんなに気が昂ってるのかな? 」
「うむ! 先程まで黒騎士殿と手合わせをしていたのだ! あの黒騎士殿が直に声を掛けてくれたのだから、断るという選択はない。歴代の黒騎士殿の噂と違わない実力であった。私とリリィの二人でも全く敵わなかったぞ! 」
「…… 私達は本気で挑んだつもりだけど、全然駄目だった。…… もっと強力な魔術を開発する必要がある」
僕達を待っている間、黒騎士はレイシアとリリィの力を確かめていたのか、それともただ戦いたかっただけなのか。そう考えていると黒騎士から声が掛かる。
「思ったより長かったな。あやつもライルが信用しているという話を聞き、お主に興味を持っていたようでな。会うのを楽しみにしていたのだろう」
「僕に、ですか? そんな素振りは無かったと思うのですが? 」
「皇帝たるもの心情を表に出すような愚は犯さぬよう徹底されておる。でなければ他国と渡り合えぬ」
「うへぇ…… 政治ってのはホントに面倒だね。アタイには絶対無理な世界だよ」
「余も同感だ。故に皇帝ではなく黒騎士になる事を望んだのだ。余に政務は無理だと早々に気付いたのでな」
意外にもレイラと黒騎士は気が合うのかな? それにしても、黒騎士は皇帝よりも今の地位を選んだと言っていたようだけど、何か引っ掛かるな…… まるで一度は皇帝を体験したかのような口振りだった。いや、僕の考え過ぎか。
「では、早速お前達の力を見せてもらおう―― と、その前に紹介しておく者がいる」
そう言った黒騎士は片手を上げると、訓練していた兵士達の中から軽装をした一人の男性が近付いてくる。
見た限り背格好は僕と同じくらいで歳も近そうだ。短めの金髪は毛先が所々跳ねているがボサボサという程ではない。好戦的な目付きで、今も僕達に噛み付かんと狙っている獣のような鋭い視線で見詰めてくる。
「紹介しよう。この者はジーク、雷の勇者候補である」
「ジークだ。ふぅん、あんたらが他の勇者候補か? 」
「初めまして、僕が光の勇者候補のクレ―― 」
「―― ああ、そういうのはいい。オレが興味あるのはお前らが強いかどうかだけだ」
雷の勇者候補のジークからヒシヒシと伝わる気迫に、場の空気が緊迫していく。
「やれやれ…… すまない、どうもこやつは戦い以外に興味が無いようでな。後でキツく言っておく」
「い、いえ、少し意表を突かれて驚いただけですので…… それより、僕達の力を見ると言う事でしたが…… まさか、彼と? 」
「そのまさか、だ。余が鍛えたジークと手合わせしてもらう。しかし、使うのは訓練用の剣ではなく聖剣だがな。ある程度本気でやってもらわねば、今後の予定が立てにくくなる」
つまりは全力でジークと戦えという事か。気づけば訓練していた兵士は皆壁際に寄り、練兵場の中央には誰もいない空間が出来ていた。
「どうした? 誰からでも良いから早くしろよ。もうこっちは戦いたくてウズウズしてんだからよぉ! 」
既に中央で待機しているジークがまだ困惑している僕達を急かしてくる。本当に戦う事しか頭にないのだろうか?
「どうする? 誰から行くんだ? 」
「二人が遠慮してんなら、アタイから行こうか? 」
「いや、ここは僕が出るよ。女性から先に出すなんて、勇者候補としてどうかと思うからね」
レイシア、リリィ、アロルド、レイラの声援を背中に受け、僕はジークのいる練兵場の中央まで足を進める。途中で後ろから、
―― 聞いたか? アロルドもあんな気遣いが出来るようにならなきゃ女にモテないぞ? ――
―― うるせぇよ。俺だって女性の扱いにはそれなりの気遣いは出来る。お前にはそんな必要は無いと判断したまでだ ――
なんて聞こえて来たけど、気にしないでおこう。せめて戦闘が始まったら応援してくれると嬉しいかな?
「おっ! いきなり光の勇者候補が相手か…… 良いねぇ。オレの雷とお前の光、どちらが強いか試してみたかったんだ。頼むから失望だけはさせないでくれよ? 」
「善処するよ。戦う前に一つ聞いても良いかな? 君は何の為に戦うんだい? 」
「はぁ? さてな…… あんまり考えた事もない。戦いたいから戦う、それだけじゃ駄目なのか? 」
なるほど。戦いそのものを望む者だからこそ、決して油断は出来ない。これは最初から本気で行かないと大怪我だけでは済まないかも知れないな。
僕は光の聖剣を召喚して構える。眩い光を放つ聖剣に、ジークは楽しそうに目を細めた。
「それがお前の聖剣か! じゃあ、こっちも全力で行くぞ!! 」
歓喜の声を上げるジークの右手から雷が発生したかと思えば、剣身がバチバチと青白く明滅する一本の剣を握っていた。あれが雷の聖剣か……
「両者、用意は良いな? では…… 始め!! 」
二人の聖剣から放たれる光が練兵場全体を明るく照らす中、黒騎士による開始の合図が響いた。