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あの黒いウェアウルフにユリウス陛下を人質に取られてしまい、お互い迂闊に動けずにいる。
「くっ…… すまない。敵の接近に気付かないとは、どうやら思っていたより鈍っていたようだ」
ユリウス陛下が悔しげに顔を歪め、強く握る拳は微かに震えていた。
「おっと、余計な真似はするな。貴様らも剣を収めて俺から離れろ。何かしようとしても匂いですぐに分かる。この人間の喉を抉るのに一呼吸もいらんぞ? 」
ユリウス陛下を守っていた白百合騎士団の面々はどうする事も出来ず、黒いウェアウルフとユリウス陛下から離れる。
「ユリウスへい―― 殿! 貴様、そのお方をどうするつもりだ! 」
団長がユリウス陛下の身元を隠しつつ声を張り上げるが、黒いウェアウルフは反応を示さず、代わりに俺の魔力支配によって肉体の制御を奪われたウォルフが答える。
「そういきり立つなよ。お互いこうしてても何も進展しねぇし…… ここは取り引きといこうじゃないか」
「取り引き、だと? 誰が魔物と取り引きなど―― だがしかし、この状況ではそうも言ってられないか…… 話してみろ。その取り引きとやらに応じるかどうかは、その後で判断しよう」
「ふぅ、話の分かる団長さんで良かったぜ。それとも、アイツはそんなに大事な人間なのか? まぁ俺達にはどうでもいいか。おっと、団長さんもそっちの獣人もそれ以上近付くんじゃあない。マトヴェイが言ったように何を企んでいようと、こっちは匂いでお前らの心情は丸分かりなんだよ…… あんたも、少しでも妙な素振りを見せたり匂ったりしたら、あの人間が無惨な事になるぜ? 」
拘束した二体のウェアウルフを引摺り、此方へ歩いてくる団長とアルマが、そのウォルフの言葉で立ち止まる。
「なにが望みだ? 」
「そうだな…… 先ずは俺達を門の外に行くまで手出しせず、そこで解放してもらう。要は俺達を解放して逃がして欲しいって事だ。なに、門の外まで行けば後は転移魔術を施した魔力結晶で公国に戻るからよ、そこまでの安全を保証して貰いたい。転移魔術を発動した時、そこの人間を無事解放すると約束する」
「約束だと? それは信用に値するのだろうな? 」
「ハハハ、俺は人間じゃないからな、約束はキチンと守るぜ? あぁ…… もしかして渋っているのはこの取り引きじゃ割りに合わないってか? 欲深い人間の考える事だ。だったら、お前らの質問に幾つか答えてやろう。俺達を捕まえて情報を吐かせるつもりだったんだろ? 中には答えられないものもあるが、出来るだけ善処してやるよ。俺達は命が助かればそれで良い、お前らは大事な人間を救えるし情報だって得られる。悪くない取り引きだと思うが? 」
団長が腕を組んで暫し考えに耽っている横で、アルマはつまらなそうな顔で舌打ちをした。
ユリウス陛下の命が何よりも優先されるこの状況で、団長はいったい何を悩んでいるのだろうか? いや、すぐにこの取り引きに食い付いてしまったなら、奴等にとってユリウス陛下の利用価値が一気に跳ね上がり、要求が拡大する恐れがある。つまり団長の一見悩んでいるような素振りはブラフである可能性が高い。
「なぁ? 俺達の質問に答えるって言ったけど、それってカーミラの情報を売り渡すって意味だぞ? 」
団長が答えを出す前に、俺はウォルフに話し掛ける。
「あん? なんだよ、心配してくれてんのか? 」
「いや、別にそういう訳じゃないんだけど…… ただ、その話してくれる情報には信憑性があるのかな? って思ってさ」
「俺達が嘘の情報を流してお前らを混乱させるとでも? ズル賢い人間が考える事だな。俺達がコボルトだった時、何度それで騙された事か…… 俺達はな、カーミラ様に恩義は抱いているがそこまで忠誠を誓っている訳じゃあない。今も昔も、自分と仲間の命が一番なのは変わりないんだよ。俺達とカーミラ様との関係ってのは、分かりやすく言うと傭兵と雇い主に近い感じだな。向こうもそんな俺達の性格を分かっているのかあまり干渉してこない。だからよ、嘘をつく理由もないし、お前らが期待しているような情報も持っていないかも知れない。まぁ、俺達程度が知っている情報が外に漏れたとしてもだ、カーミラ様にとっては痛手にもならないだろうよ」
成る程、それならこういう取り引きを持ち掛けてきた事には納得出来るな。
俺とウォルフがそうやって話していると、徐に組んだ腕を解いた団長が瞑っていた目を開く。
「分かった。その取り引きに応じよう。ただし、ユリウス殿に切り傷一つ与えてみろ…… 貴様もその仲間も生きて帰さんぞ」
「へへ、交渉成立だな。先ずは拘束したままでいいから門の外まで連れて行ってくれ。そこでお前らの質問に答えてやる。その後で俺達を解放してくれれば、そこの人間をお前達に返してやるよ」
ウォルフの提案を呑んだ団長は、拘束した二体のウェアウルフを連れて、抜剣したまま警戒を解かずに門へと歩き出す。
俺も魔力支配の力を少し弱めてウォルフの体を動けるようにして歩いていく。勿論、側にはエレミアとアンネがしっかりと目を光らせているので安心だ。
他の団員達はウォルフの要望でその場で待機となり、俺達から少し離れた後方からユリウス陛下と黒いウェアウルフであるマトヴェイがついてくる。
防壁の門へ歩いている途中、団長は何度も―― まさか魔物と取り引きをすることになろうとは…… なんて呟いていた。全然納得していないね、この人は。