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ウォルフが此方へ向かってくるより先に、俺は周囲に魔力を展開する。
周りに魔力が広がるのに気付いたのか、ウォルフは警戒を強めた表情でエレミアとアンネとの距離を摘めようと地面を蹴り、腕を振り上げる。
ウォルフ自慢のスピードから繰り出される攻撃は、エレミアの蛇腹剣に難なく受け止められ、アンネの風の精霊魔法によって吹き飛ばされるが、くるりと空中で体勢を直しては地面に着地した。しかし、ウォルフの顔に余裕は無くなり忌々しそうに俺を睨んでくる。
何故スピードに絶対の自信を持つウォルフの攻撃が、エレミアに防がれてしまったのか…… それはこの周囲に満ちた俺の魔力が原因である。
この魔力をウォルフの体へと浸透させ、魔力支配の力で肉体の制御を乗っ取ろうと試みたが、残念ながら抵抗が強くて完全に支配する事は出来なかった。
「くそっ、思うように体が動かねぇ…… テメェの仕業か! 」
精々動きを鈍らせる程度だが、ウォルフにとってはそれだけでも十分効果的なようで、怒りと焦りを隠せない程動揺している。
「流石はライルね。これなら私でも動きについていけそうだわ」
「良いね! この調子でいけば早く終わるんじゃない? 祭りの屋台があたしを呼んでるぜい!! 」
気を良くしたアンネが、土の精霊魔法でウォルフの足下から土の棘を生やして下から串刺しにしようとするが、動きが鈍くなったと言ってもまだまだ素早いのには変わりなく、何本もの土棘もウォルフには当たらず避けられてしまう。
「こなくそ! 避けんじゃないわよ!! 」
「お前は馬鹿なのか!? 避けなきゃ死んじまうだろうがぁ!! 」
無茶な事を言うアンネに悪態をつきながら、それでも地面から突き上げてくる土棘を身軽なステップで避けていくウォルフは流石としか言いようがない。とても俺の魔力支配で動きを鈍らせいるとは思えないな。
「私もいるってのを忘れてはいないかしら? 」
アンネの精霊魔法に気を取られたのか、ウォルフはエレミアの接近を許してしまい、蛇腹剣の剣身が蛇のようにうねりながら伸びていく。
「ち…… っくしょうがっ!!! 」
下から突き上げてくる土棘に、体を横回転させて避けつつ襲い来る蛇腹剣を爪で弾くウォルフだったが、無理な体勢で体を痛めたのか、その顔は苦痛に歪んでいた。
「へぇ、貴方の体を斬り刻んだかと思ったけど、良く躱せたわね。今のは素直に称賛するわ」
「そいつはどうも…… 嬉しくて反吐が出そうだぜ」
エレミアの言葉を嫌味に捉えたのか、ウォルフはペッと地面に唾を吐く。
「まさかここまで動きを鈍らせられるなんてな…… どうやらお前の事を侮っていたようだ。カーミラ様が目をつけているだけはあって厄介で面倒くせぇ」
「あたし達を無視してライルに話し掛けるなんて、随分と余裕じゃん? そんなら、もうちっと本気出しても死にやしないわよね? 」
ニヤリと笑うアンネの側に複数の青い炎が発生し槍の形へと変わっていく。
「おい…… そんな色の炎は初めて見たぞ? 何か普通のより熱そうだな」
「そりゃそうよ、ライルの知識から得た高温度の炎だかんね。避けれるもんなら避けてみろやこの野郎!! 」
何本もの青い炎の槍がウォルフへと飛んでいき、その一つ一つを着実に躱していくが、地面に突き刺さった箇所から青い炎が吹き上がりウォルフの逃げ道を塞ぎ周りを包むように広がっていく。
「ちっ! 囲まれたか!? …… うおぉぉおおお!!! 」
「うっしゃあ!! 完璧に捉えたりぃ!!! 」
完全に逃げ場を失い青い炎に囲まれたウォルフの姿が、炎の中へと消えていった。あの高温度の炎に包まれてしまったなら、普通に考えれば生存なんて絶望的ではある。しかし、相手はカーミラが改造して作り出したウェアウルフだ。どんなに黒焦げにしたとしても死にはしないだろう。それでも結構なダメージにはなっている筈だけど。
そんな俺の考えも、この場ではまだまだ甘いものと言わざるを得ない。燃え盛る青い炎の中から、黒く焦げてチリチリになった体毛で、再生しかけているのか両目から煙を出して尚、俺に狙いをつけて走ってくるウォルフに、純粋な恐怖を感じた。
あの炎の中じゃ、全身もだが喉も鼻の中も重度な火傷になっている筈なのに…… 何が彼をそこまで駆り立てさせるのだろうか?
「ぎざまざえ、おざえれば…… ! 」
魔力支配で動きを抑えている俺を、ウォルフは真っ先に狙ってくる。
「しぶといなぁ、もぅ! 」
「行かせない! ライルには指一本も触れさせないわ!! 」
アンネの精霊魔法とエレミアの魔法による雷の矢が、光の速さでウォルフに突き刺さっては激しい明滅と共に体を痙攣させる。しかし、それでもウォルフの足は動き続ける。
「信じられない…… あれだけやってもまだ止まらないの? 」
「カーミラもまたタフなのを作ったわねぇ…… 」
本当だよ…… でもさっきのダメージでウォルフに隙が生まれ、魔力支配で完全に動きを制御する事に成功した。これでもう彼は指一本動かせない。
地面に膝をつく体勢で固まったウォルフが、まだ意思が失われていない瞳を俺に向けてくる。
「本当の化物ってのはお前みたいな奴を言うんだろうな…… まったく、今日はとことんツイてねぇ」
色々と聞き出したい事もあるので、首から上は自由にしてある。そんなウォルフが俺から目を逸らし見詰める先には、団長とアルマがあの二体のウェアウルフを捕らえている光景があった。
「もう逃げるのは不可能だ。お前には公国やカーミラについて知っている事を洗いざらい喋って貰うからな」
そう言って近付く俺に、ウォルフは鼻をひくつかせると大声で笑い出す。
「クク…… クァハハハハハハ!! 馬鹿が! この俺が貴様らなんかがいる所へ一人で来る筈ないだろ? 」
ウォルフが叫ぶと同時に一つの魔力が発生するのを俺は視た。
まさか!? 慌ててその場所に顔を向けると、全身真っ黒な体毛をした大柄のウェアウルフが、背後からユリウス陛下の首もとに爪を添えて立っていた。
「あの人間が何者かは知らねぇが、あんだけ厳重に守っていたんだから、お前らにとってさぞかし重要な奴なんだろうなぁ? 」
アンネとエレミアから受けた傷が完治したウォルフが、先程とは一転して余裕ある口調で話し掛けてくる。
完全にしてやられた。さて、この窮地をどうやって脱しようか…… どうしよう、良い方法が全然思いつかない。