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〈団長! ここはワタシにやらせてくれ! 話によれば中々に強敵なんだろ? 〉
威嚇するウェアウルフを見て愉しげに笑う女性が、先程までウェアウルフに降伏勧告をしていた女性に近寄ってくる。へぇ、何処か威厳のある女性かと思ったら団長だったのか。
〈アルマか…… 良いだろう、一体は貴女に任せる。私はもう一体を受け持つとしよう。相手は未知の魔物、油断は禁物だ…… 残りの者達は包囲を堅め、決してウェアウルフを此処から逃がすな!! 〉
〈へへ、楽しみだぜ! 〉
団長とアルマと呼ばれた女性が馬から下り、ウェアウルフへと歩き、適度な距離で立ち止まる。
〈白百合騎士団団長、ベルティナ・サントゥニオーネ。推して参る! 〉
〈同じく白百合騎士団特攻隊隊長、アルマだ。楽しく殺り合おうぜ! 〉
団長のベルティナは如何にも騎士といった出で立ちで、ガチガチに鎧を着込む姿が、お堅い性格を表しているかのようだ。兜であまり顔は見えないが、キリッとした顔つきと堂々とした佇まいは、まるで宝塚の男役みたいな印象を受ける。
対して特攻隊長のアルマは団長とは真逆で、それ鎧の意味あるの? って思う程に軽装である。肩、二の腕、太腿、腹部を露出し、兜もしていない。動きを阻害されるような格好は好きではないらしい。
黄色と黒が入り雑じったベリーショートの髪、その頭にはピョコンと獣耳が飛び出し、腰からは黄色と黒と縞模様をした尻尾が生えている。たぶんだけど、アルマは虎型の獣人なのだろう。だからなのか、随分と好戦的である。
〈人間くせに、たった二人で俺達の相手をするつもりか? 随分と侮られたもんだな〉
〈別に良いんじゃない? 邪魔するならさっさの片付けて逃げるわよ。あいつらの匂いはするけど、何でか動かずに止まっているようね。距離もそれなりに離れているみたいだし、全速力で走れば逃げ切れるかも〉
う~ん、やっぱり俺達の存在はバレていたか。かなり距離を空けたのだけど、あの嗅覚は本当に厄介だね。
〈さて、戦う前に貴様らの名を聞かせてくれないか? 〉
冷静にウェアウルフの名前を問う団長に、彼等は鼻で笑っては答える。
〈名前があるのはボスと一部の者だけだ。俺達みたいな下っ端にはねぇよ〉
〈そうか、魔物だからな…… それなら致し方ない。では、始めようか〉
〈おっ! やっとか。まったく、団長は何時も回りくどいんだよ〉
団長とアルマが剣を構えると、ウェアウルフも腰を落として戦闘体勢に入る。
〈お前はあの獣人を、俺はもう一人を仕留める。そしたら全力で壁の向こうまで走るぞ〉
〈えぇ、分かったわ〉
前のめりになった彼等は、またも魔術で肉体を強化し、其々の相手へと走り出す。そのスピードは倉庫で戦った時よりも速く、時間にして数秒で相手との距離を詰める。
想定外だったのか、団長とアルマは驚きを隠しきれていなかった。ウェアウルフの鋭い爪が二人を襲う。
取った! そんな思いがウェアウルフの顔に浮かんでいたが、次の瞬間には顰めっ面になっていた。
〈ふむ…… 十分に注意をしていたのだが、まだ過小評価であったか〉
〈いいねぇ…… そうこないと面白くねぇからな!! 〉
ウェアウルフの爪を受ける団長だったが、鎧には浅い引っ掻き傷がうっすらの残るだけで、本人は意にも介しておらず冷静に相手の分析を行う余裕さえある。
軽装のアルマは、獰猛な笑顔でウェアウルフの爪を腰から抜いた剣で防いでいた。しっかりとあのスピードに付いていける反射神経は獣人ならではだな。
〈くっ!? なんて硬い鎧してんだよ。爪が欠けるかと思ったぜ〉
〈私の動きに反応した? 獣人の癖に生意気ね! 〉
急いで後退し距離を取るウェアウルフ二体に、団長は冷静沈着、アルマは上機嫌な様子で向かい合う。
〈どうした、これで終わりか? 私達を倒すのではなかったのか? 〉
〈さっきのは結構良かったぜ。んじゃ、次はワタシの番だな! 〉
挑発をして相手を誘う団長に、男のウェアウルフは警戒して動けずにいるなか、アルマは身体強化の魔術を発動させ女のウェアウルフへと攻める。
〈オラオラ! どうした! 噂のウェアウルフってのはこの程度なのか? 〉
戦いそのものを楽しむように、アルマは右手に持つ剣をウェアウルフに振るう。
元々獣人は神から魔法スキルを授かれない代わりに、素の身体能力が全種族の中でもトップクラスに優れている。そのうえに魔術で強化した身体能力から繰り出す攻撃は、あのウェアウルフでさえも避ける事に精一杯だ。
相手に反撃のチャンスを与えない怒濤の攻めをするアルマとは逆に、団長はその頑丈さを生かした戦いをする。
ガチガチに鎧を着込んでいるので動きは遅いのではないかと思ったが、それが中々どうして…… よくあんな鎧であそこまで動けるものだと感嘆するよ。
ウェアウルフが離れれば魔法で火の槍を形成して放っては距離を詰め、男のウェアウルフが近寄ってくる団長に攻撃を加えれば、あの硬い鎧に阻まれてご自慢の爪でも切り裂く事は出来ない。そこへ怯むことなく剣で反撃する団長の姿はあまりにも毅然としていた。
「へぇ…… 結構やるわね。てっきり王族の気まぐれで作られたお飾り騎士団かと思っていたわ」
隣で俺と一緒に魔力念話でハニービィから送られてくる映像を見ていたエレミアが意外だと口元だけで笑う。
「いや、あの王妃様が自ら作った騎士団だよ? お飾りって事はないとは分かっていたけど、俺もここまでとは…… 」
他のウェアウルフと戦っていない者達も、団長の指示に従い包囲をしつつも微動だにせず彼女達の勇姿を見守り、体勢を崩さないよう直立不動のまま。
このまま行けば、本当に俺達の出番はないかも知れないな。