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ギルが空けた大穴の先には、転移結晶を持つウェアウルフの男が今正に魔力を込めて術式を発動させようとしていた所だった。
「一足遅かったな! 任務は失敗したが、次はそうは行かないからな」
結界の効果により、転移魔術でインファネースの外には出られないが、ウェアウルフの高い隠密性では一度見失ってしまったら再び見付け出すのは至難の業。そのままインファネースから出て逃げられてしまう可能性も十分にある。
俺達との距離を計り、確実に逃げられると思ったのか、ウェアウルフの二人は安心したかのようにニヤリとほくそ笑む。
しかし、忘れてはいけない。どうして俺達が逃げるウェアウルフを見失わずにここまで追い詰める事が出来たのか……
『テオドア! 奴等を逃がすな!! 』
『おうよ!! 』
そう勢い良く返事が来たその時、俺達とは反対側の壁を背にしていたウェアウルフの男の胸から半透明の腕が生える。
「…… は? 」
当然だが、レイスであるテオドアでは物理的にダメージを負わせる事は出来ない。しかし、突然の事で理解が追い付いていない二人は、ただ唖然とするばかりで転移魔術の発動すらも一時的に忘れてしまっていた。その隙をテオドアは逃さず、ウェアウルフの体を貫通させて腕から魔力を吸収し始める。
「何!? あんたの胸から手が! 」
「くそっ! 魔力が…… この腕か!? 」
すぐに魔力が吸われる原因を察知したウェアウルフの男は、その胸から生えたテオドアの腕から離れるが、その間にも俺達は彼等へと距離を詰めていく。中断された転移魔術を再発動させる時間はもう無いと判断したウェアウルフの男は、苦い顔をしながらも転移結晶を懐へと戻す。
「ヴァンパイアの次はレイスか? なんでアンデッドが昼に活動してんだよ…… 」
「ちょっと、これはヤバイんじゃない? 」
危機感を募らせる二人へ、姿を見せたテオドアが如何にも小悪党然とした厭らしい笑みを浮かべる。端から見たらどちらが悪者か分からなくなるね。
「へへ、俺様をそこいらのレイスと一緒にすんじゃねぇよ。こう見えても元アンデッドキングだぜ? テメェらに勝ち目なんて万が一もねぇんだよ! 」
テオドアの元アンデッドキングだという言葉に、ウェアウルフの二人から血の気が引いていくのが目に見えて分かる。しかも既に俺達が近付き、周りを完全に包囲していればそうなってしまうのも無理はない。
「もう逃げ場はないのは分かってますよね? 降参して大人しく捕まってくれるのなら、此方としても有り難いのですが? 」
俺が降伏を促すが、やはりというか二人にはその気は一切無いのが雰囲気で分かる。
「お前らが想像以上の化け物だってのは良く分かったけどよ。それで俺達が降参する理由にはならねぇな。こうなったらもう自棄だ…… 思う存分暴れて、周りの人間を一人でも多く道連れにしてやるよ! 」
「まぁ、まともにあんたらと戦う必要は無い訳だし? 最後にちょっとした嫌がらせでもしてやろうじゃない! 」
そう言うと、二人の体から一気に魔力が膨れ上がり、見る見るうちに変化していく。
上着やズボンは所々破け、その箇所からは太い毛が飛び出していき、口は前に伸び大きく裂ける。瞳孔は獣のように鋭く、体毛に包まれた姿は、ボロボロになり辛うじて服の役割を果たしている上からも十分に見て取れる。
そこにはもう人間の姿ではなく、灰色の体毛をした人狼が二体、血走った目で俺達を睨んでいた。
やはりこの二人はムウナの見立て通り、あの時のウェアウルフ達とは別のようだ。あの三体は確か、赤、青、黒の体毛をしていたな。そして今度は灰色が二体…… 彼等が通常のウェアウルフで、あの三体が特別って事なのか?
いや、それよりも追い詰められた事で覚悟を決めた二体は非常に厄介である。このまま此処で戦えば、奴等の言うように街の人達を道連れに暴れまくるだろう。そうなってしまえば、魔物の侵入を許し、多大な被害を出した危険な都として世界に悪評が広がってしまう。それを払拭するには途方もない時間と労力が掛かるだろう。そうなってしまえばもう独立どころの話では無くなってしまう。
今に飛び掛かって来そうな二体だが、お互いに牽制し合ってか中々に動こうとしない。
『どうするよ、相棒? このままじゃ被害はでかくなるぜ? 』
『そうならないよう、転移魔術で奴等を第二防壁まで移動させる手筈になっているのではないか』
『そう言う事ですので、転移魔術の発動は我が主にお任せ致します。私達はこの倉庫から彼等を出さないように尽力致しましょう』
テオドア、ギル、ゲイリッヒからの魔力念話を受け、俺は自分の魔力で倉庫を覆う。これでこの倉庫内の何処からでも魔力収納の出入口を開けるようになり、何時でも転移結晶を取り出せる。後はタイミングを計り、あの二人を転移させるだけだ。
「あの時の奴等と比べるとだいぶ弱そうね。これなら私達の出番は無いようですね? アンネ様」
「そだね~。まぁ、ゴーレムに乗れない時点であたしは戦う気にはなれないから良いんだけどさぁ」
エレミアはともかく、ゴーレムに乗ったアンネが調子こいて暴れてしまえば、ウェアウルフがもたらす被害よりもずっと酷くなりそうなので、街中ではゴーレムを禁止している。そのせいか、今日のアンネは一段とやる気がない様子で傍観を決め込んでいる。
「ライル。ムウナも、たたかう、だめ? 」
「そうだな…… 出来るなら生きて捕らえたい。ムウナにはあのウェアウルフを殺さずに戦えるのなら参加しても良いけど? 」
「それって、たべる、できない? …… やっぱり、ムウナも、みてる」
あ、ウェアウルフを食べられないと分かったことで、ムウナもやる気を失ったようだ。