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王妃様により、ユリウス陛下達のインファネース観光を一時中断してウェアウルフの捕獲もしくは討伐作戦を立案、実行する事となった。
今いる西商店街から南商店街まではそれなりの距離があり、歩いて戻るには時間が掛かるので、店を出て出来るだけ目立たない場所でアンネの精霊魔法にて俺の家へと戻る。まぁ誰かに見られたとしても転移魔術が広まりつつある昨今、別に大した問題にはならないとは思うけどね。
朝と同じように裏口から中へ入り、二階の応接室を臨時対策室として使って貰う事にした。
王妃様は手早くマナフォンで領主に詳細を伝え、北地区にいると思われるウェアウルフに指示を送っている人物の捜索を頼み、各商店街の代表へメールの一斉送信をして情報の共有を図った。
こういう時、グループチャットなんか出来たら便利なんだろうけど、生憎と今のマナフォンにはそんな機能は無い。
王妃様からのメールだからか、五分と経たない内に返信が送られてくる。
「どのようになさるおつもりなのですか? 相手はただの魔物ではなく、あのカーミラが造り出したウェアウルフですよ? 」
代表達はあくまでも商人であり、商才はあっても戦う力は持ち合わせていない。いったい何を頼むと言うのだろうか?
「心配には及びません。直接ウェアウルフの相手をさせるつもりはありませんので…… この先どんな事があろうとも祭りを中断させず最後まで続ける為には彼等の助成は必要不可欠です。それと、これから私達は外へ出る訳にはいきませんので、街にいる人々を厳重に守るよう白百合騎士団と神官騎士の皆さんへ伝えてくれるように頼みました。捕獲するにせよ倒すにせよ、街中での戦闘は回避する必要があります。もし戦闘が始まってしまったのなら、必ず周辺に被害が出るでしょう。そうなっては祭りは台無しになり、せっかく来て頂いた各国の要人達に悪印象を持たれてしまい独立から遠のいてしまいます。それだけはどうしても避けなければ…… 」
いつになく真剣な表情をした王妃様に、誰もがその重要性の高さに口を噤む中、国王様だけが話し掛ける。
「ふむ…… それで、如何様にしてウェアウルフを捕らえるのだ? 」
「私達はウェアウルフの実力を知りませんので、中々作戦も立てづらい。現状、此処にいる誰よりウェアウルフを知っているのはライル君です。ですので、ライル君には私の相談役をお願いしたいのですが、宜しいですね? 」
「相談役、ですか? それはまぁ、問題ありませんが…… 」
俺が王妃様への相談役を受けると、すぐに考えていたであろう作戦を話し出す。
「先ず、絶対に避けたいのは街中での戦闘です。ならば何処でウェアウルフと戦うのか…… 街の外、出来れば第二防壁の周辺が望ましい。そうなると、どうやってウェアウルフをそこまで誘導、もしくは無理矢理にでも連れていくかが問題となります。幾つか方法はありますが、どれも危険が伴い難しいうえにウェアウルフの実力を正確に知り得ていない私では、その成功する確率を正確に導く事も出来ません。ですから、これからその方法をライル君に吟味してもらい、どれが一番周囲を巻き込まずに目的を達成できそうか判断してもらいたいのです」
成る程、俺なら実際にウェアウルフの力を見たことがあるし、仲間の実力も知っている。それを照らし合わせて、これから出される案から成功率の高いものを選択し、必要なら修正を加えるという訳か。
真っ直ぐに目を向けて首肯く俺に、王妃様はそのまま言葉を続ける。
「では、第一案ですが…… 彼等の狙いは国王であるマルシアル陛下です。ならばわざと大衆へと姿を現し、堂々と馬車で帰路につくというのはどうでしょう? ハッキリと対象を視認出来れば、他の事には目も入らなくなる筈です。ただ問題なのは、マルシアル陛下を手に掛けようと所構わず襲ってくる可能性があります。その場合、周辺への被害がどれ程になるのか…… 」
「国王陛下が囮になるという事ですか? それは些か危険が過ぎると存じます。とても賛成致しかねます」
国王様を守るという名目なのに、その本人を危険に晒すのは少し違うと思いキッパリと否定する俺に、王妃様は苦笑しながら答える。
「これはあくまでも一つの案に過ぎません。もし、この案でいくならどうなるか、ライル君の意見が聞きたいだけで本当に実行するとは限りませんよ」
「それでしたら、遅ればせながら申し上げます。その案では成功する確率は低いと思われます。しかも、守るべく国王陛下を危険に晒すなど本末転倒であり、王妃様が危惧しているように馬車が街の外へ出るまでウェアウルフが大人しくついてきてくれる保証はありません。どれも不確定過ぎて作戦としての精度は低いかと」
「貴方のお仲間の力を借りたとしても難しいですか? 」
「国王陛下一人なら確実にお守り出来ると思いますが、市民や祭りに来てくれた人達までは…… 」
そう、いくら強い仲間がいようとも、インファネースにいる人達を全員守りきるのは不可能だ。街中で戦闘が始まってしまえば、その余波で必ず犠牲になる者が出てくる。
「それほどまでにウェアウルフの力は大きいと、ライル君は考えているのですね? 」
「はい。前に出会った三体のウェアウルフよりかは下かと思いますが、それでも危険な存在に変わりありません。戦闘が始まれば確実に周りも巻き込んでしまいます」
「ライル君は、このインファネースに来ているウェアウルフと、前に会ったというウェアウルフとは別だと確信しているようですね? 」
王妃様の言葉に、俺は黙って首肯く事でしか返答出来なかった。俺も詳しく説明出来るものではないからだ。
『…… ? なんで、みんなわからない? どうみても、ちがうのに』
そう、判断したのはムウナ一人であり、俺も含めて皆人間に擬態しているウェアウルフの判別は出来ていない。
ギル曰く、ウェアウルフの隠密性はカーミラによって理の外に出てしまっている事に影響しているのではないかと言う。世界の理の内にいる俺達と、外にいるウェアウルフとでは認識の齟齬が生じているのだと予測し、異界から召喚されたムウナは、同じくこの世界の理から外れた存在であり、ムウナだけが影響を受けずにウェアウルフを問題なく認識出来ているのかも知れない。
それならそうと早く言ってくれないかな? そうと分かればムウナに監視を頼めば良かったのでは?
『それは無理だな。いくら影響がないとは言え、この化け物が対象に気付かれずに尾行するなどと出来ると思うか? 我にはとても思えんがな』
『むぅ…… うしろをついていくだけなら、ムウナでもできる! あとは、みつからないよう、かくれる? も、できる!! 』
うん、ムウナには尾行は無理だね。世の中そう上手くはいかないか。