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まさか大公の一人が国王暗殺を企むなんて……
俺はゼノとの通話を切り上げ、急いでこの事をリビングにいる皆に伝えた。
「そんな…… いくら何でもそこまでしますでしょうか? 」
「やっぱり…… ここ最近王妃様が忙しなく動いておられたのは、インファネースを独立させる為だったのね…… それなら国王暗殺も有り得ない話ではないわ…… 」
信じられないといったアグネーゼに反し、レイチェルは冷静に状況を推察する。インファネース独立に関して、裏ギルドは独自の情報網で知っていたみたいだったけど、レイチェルでさえも王妃様の動きを見て気付けるくらいなのだから、公国も気付いていて不思議ではない。
「独立が公国にとって不都合な場合、それを阻止するには国王を暗殺するのが一番確実で手っ取り早い…… 独立を推進する陛下は彼等に取っては何よりも邪魔な存在…… 最早王となるのは陛下以外なら誰でも良く、インファネース独立の阻止が第一となる…… もし、ここで陛下が倒れ、王太子が王へと即位なさった場合、インファネースを独占しようとして独立を反対してくるでしょうね…… 」
もう形振り構ってはいられないって事か。向こうもかなり焦っているようだ。
「それに、魔物に暗殺をさせるのも厄介だわ…… 例え陛下を暗殺出来たとしても、それが裏ギルドであれ他国の者であれ人間だったなら、それを理由に公国と一戦交えたかも知れないけど…… それが魔物であれば幾らでもしらを切り通せる…… 」
秘書が勝手にやった事ですみたいな感じかな? 魔物なら不幸な事故でしたねとでも言うつもりなのだろうか? 悔しいかなそれがまかり通りそうなのが怖い所だ。
「確か国王が王城へ戻るのは明日よね? なら行動するのは今夜か明日しかないわよ。王妃様へ急いで連絡をした方が良いんじゃない? 」
エレミアの言葉に頷いた俺は、マナフォンで王妃様へ連絡を取って事のあらましを説明した。
「此方も対策は十分にしているつもりだったけど、まさか魔物が暗殺を仕掛けるなんて思いもよらなかったわ」
マナフォンから聞こえてくる王妃様の声は若干の戸惑いが含まれていた。
まぁそうだよな、国王様が外出するのだからそういう事も視野に入れているのは当然だ。しかし、魔物による暗殺はさしもの王妃様でも予想外だったらしい。
「今夜は警備を倍にして、何時も以上に警戒しておくわ。有益な情報提供に感謝します」
真面目な口調になった王妃様に礼を言われるが、話はここで終わりではない。どうやって国王様を無事に城へと帰すかが問題だ。転移魔術で帰ろうとしても、インファネースの中からでは結界が邪魔をして王都まで戻る事は出来ない。なので一旦結界の切れ目である第二防壁の外へ出なければならなくなり、その移動中に狙われる可能性だってあるのだ。
「それに関しては考えてあります。あくまでも転移魔術では結界を越えられないだけであって、結界内であれば問題なく移動は可能です。転移魔術で第二防壁まで移動し、そこから外へ出てから王都まで戻れば良いのです」
「成る程、それなら移動中に襲われる心配はありませんね。なら、後は陛下がお帰りになる時まで外出を控えて警備を厳重に固めれば、いくらウェアウルフでも暗殺は難しいでしょう」
「えぇ…… それが一番安全なのでしょうけど…… 残念ながらそうも言ってられないのよ」
ん? 何だが王妃様の歯切れが悪いな。一体どうしたんだ?
「明日は大事なお客を迎えなければならないの。その為、あの人には外へ出て貰わないといけないのよ」
「陛下のお命がかかっておられるのですよ? そこまでしなくてはならない大事な客というのはどなたなのですか? 」
「…… サンドレア王とそのお妃様よ。明日、彼等に今のインファネースを見てもらい、独立への承認の一人になって貰わないといけないの。他国の王が出向いているのに、この国の王が部屋で閉じ籠っている訳にはいかないでしょ? 」
ユリウス陛下とマリアンヌさんが? 確かにそれは国王陛下が迎えなければ失礼にあたる。彼等なら事情を説明すれば協力してくれるだろうが、他はそうは見ないだろう。一国の主を招待しておきながら、部屋から出てこない恥知らずだと罵られてしまう。
今夜は徹底して領主の館を警備するようだから一先ず安心だが、明日をどうするか……
「あまり警備を固めてしまうと、そこに陛下達がいると相手に報せているようなもの。かと言ってお忍びで外へ出ても十分に守れません。そこで折り入ってライル君に私達の警護を頼みたいのです。貴方はユリウス陛下とアリアンヌ様とは見知った仲なのですよね? 」
「私が、両陛下と両妃様の護衛を…… ですか? いや、確かにユリウス陛下とアリアンヌ様とは知り合いではありますが、その…… 」
やっばいなぁ…… 突然二国の王を護衛してくれなんて言われてテンパっちゃったよ。暫くお互いに無言が続く中、王妃様はマナフォンの向こうでただ静かに俺の答えを待っていた。
ふぅ…… ユリウス陛下とアリアンヌさんを危険に晒す訳にはいかないし、国王陛下も死なせたくはない。もしもの場合、王妃様を含めた四人を魔力収納へ避難させよう。それで俺の秘密がバレても致し方ない。四人の命には代えられないからね。
「…… 分かりました。皆様のお命、私が責任をもって御守り致します」
「貴方ならそう言ってくれると信じていました。どうぞよろしくお願いしますね」
何から何まで王妃様の思惑通りな気がして腑に落ちないけど、やるからにはしっかりしないとな。明日は魔力収納に全員集めて、全勢力を掛けて王様達の警護にあたろう。