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結局この日は例の不審者について何も進展は無く、レイチェル達とただ祭りを堪能して終わった。
その日の夜、家のリビングでバルドゥインとギルからの報告を受けたが、上手く隠れているのかなかなか尻尾が掴めないと苦々しい顔をしていた。
「あの子達も何時もより人が多くて全然見付からないって言ってたよ」
どうやら妖精達はあの人混みでだいぶ苦戦しているようだ。ウェアウルフの一人を発見できたのは妖精の能力じゃなくて偶然だったらしい。それでも、このインファネースに魔物が入り込んでいるという事実に気付けたのは大きい。
「それにしても、いったい奴等の狙いはなんだろうな? 」
「普通に考えて、隠密と潜伏に優れている者が任される任務と言えば…… 諜報と、暗殺…… 」
ハロトライン伯爵の別荘から影移動で来ているレイチェルが、何やら不穏な事を言うので思わず凝視してしまう。因みにアランは自室でのんびりと寛いでいるらしい。
「諜報なら祭りの邪魔にはなりませんので、最悪放置していても大丈夫だと思いますが……暗殺となればそうはいきません」
確かに、アグネーゼの言う通りこれは軽く考えてはいけない案件ではあるね。しかし、ここで一つ問題が発生する。
「もし、ウェアウルフの目的が暗殺だとして、標的は誰なんだ? 」
人間の暗殺者ではなく、ウェアウルフを使うなんて余程殺さなければならない人物だという事だよな?
「ウェアウルフはカーミラの手下なんだから、そのカーミラが狙う人物といったら…… ライルしか思いつかないわね」
「う~ん、エレミアの言う事も分かるんだけど…… カーミラがライルに執着しているのは殺す為じゃくて自分の物にしたいって感じだと思うのよね~」
過去にカーミラと一緒に旅をしてきたアンネがこの中では一番彼女を知っている。そのアンネがエレミアの意見を否定したからには、恐らく俺を狙ってウェアウルフをインファネースに忍ばせた訳ではなさそうだ。
「まだ暗殺だと決まってはいない。とにかく、先ずは一匹確保してみない事には何も分からんではないか。憶測ばかり並べていても前には進まんぞ」
ギルの言葉に誰もが口を噤むなか、アンネだけが突っ掛かっていく。
「あのね! そのウェアウルフが見つからなくて困ってんじゃないのさ!! だからこうして奴等の狙いを何か考えてどう動いてくるか予想してんのよ!! 」
ギャーギャーと口論するアンネとギルを横目に話し合いを再開しようと皆で向き合ったその時、俺のマナフォンが震え出した。
「あ、ちょっとごめん」
断りを入れて席を離れてからマナフォンに出ると、しゃがれた声がマナフォンから聞こえてきた。
「お忙しい所すみません。今お時間よろしいでしょうか? 」
裏ギルドのマスターであるゼノだと、マナフォンの画面にも出ていたから分かってはいたが、やっぱりこの声と嫌に低めの姿勢が胡散臭さを更に引き上げていて不気味だ。
「はい、大丈夫ですよ。それで一体どんなご用事で? 」
「いえね…… お祭りの方は順調なのかどうか気になりまして。何か問題などは起こっておりませんか? 」
「はぁ…… ? まぁ、順調と言えばそうですが…… 少し気掛りな事がありまして」
これは言っても、良いよな? 諜報や暗殺などを生業としている者から聞けば、敵の狙いも絞れるかも知れない。俺はゼノにウェアウルフがインファネースに潜伏している事を伝えた。
「成る程…… それならば仕入れたばかりのこの情報が役に立つかも知れませんな」
「情報? いったい何の情報です? 」
「貴方に調査を頼まれましたあの町で、ウェアウルフを一匹捕らえる事に成功しまして、拷も―― もとい色々とお話を聞かせて貰いました」
今、拷問って言いかけたよね? 裏ギルドの拷問ってえげつないイメージがあるよね。いや、古今東西えげつなくない拷問なんてないか。
「ウェアウルフを? よく捕らえましたね」
「前に一度失態を犯してしまいましたから…… これでも裏ギルドとしての面子がありまして、少々本気を出させて頂きました。それでそのお話によりますと…… どうやら大公の指示でインファネースにいるとある人物を暗殺するらしいと分かりました」
想定していた中で一番最悪な状況だ。しかも依頼主は公国のトップである大公だって?
「ちょっと待って下さい!? 大公って公国の大公ですよね? 四人いるとは聞いていますが、もしかして全員が? 」
「いえ、誰とは聞き出せませんでしたが、大公の一人からで間違いありません。残念ながら彼も疲れたのか、二度と目覚めぬ眠りに就いてしまわれたので、これ以上のお話は聞けそうもありません」
オブラートに包んでいるつもりなのだろうが、いちいち言い回しが物騒な事この上ない。
「しかし、これでハッキリとしましたね。公国はリラグンドの貴族派だけでなく、カーミラとも何かしらの密約を交わしているようです。でなければウェアウルフに指示など送れるものではありませんからね」
「となれば、その大公の一人はインファネースの誰を暗殺しようとしているのか…… 」
「これは別から得た情報なのですが、どうも公国はインファネースが独立してしまうと大変都合が悪くなるようですよ? それを鑑みれば自ずと標的が見えてくるのではありませんか? 」
インファネースが独立をするには他国の王とそれに準ずる者からの承認が必要であり、自国の王が独立を認めているのなら尚確実なものとなる。公国はどうしてもインファネースには独立してもらいたくない。ならどうやってそれを阻止するのか……
「もしかして…… 暗殺の対象は、国王様? 」
マナフォンの向こうからは、ゼノの抑え気味な笑いが聞こえてくる。