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「ふぅ~ん…… 北地区よりも結構人が多いんだな。それに屋台も沢山ある。珍しい食べ物も売っているようだが、値段はそんなに高くないな」
「まぁ、北地区と比べれば安いとは思うけど、それでも祭り価格で割り増しに設定されてはいるんだけどね」
余程珍しいのか、少し歩けばすぐに別の屋台へと向かってしまうのでなかなか前に進まず、レイチェルが不機嫌そうな顔をしていた。感情表現の乏しい娘だと思っていたが、馴れるとちょっとした変化が分かるようになってきた。
「アラン…… 本当ならわたしが兄様と一緒に祭りを巡る予定だったのを、貴方が勝手に付いて来ているというのを忘れないで…… 」
「なんだ、ご機嫌斜めなのか? まったく、お前がこいつを兄と呼んでいる事といい、なぜそこまで固執しているのか分からんな」
「別に、分かって欲しいとは思っていない…… 邪魔しないでって言っているの…… 」
こんな調子で、家を出てからずっとレイチェルの機嫌はよろしくないというのに、原因のアランは何時もの事だと歯牙にもかけない。
「レイチェル、彼処の屋台でジュースが売っているわ。今日は日差しも強いし、水分補給はこまめにしないと危険よ」
「そうね…… 兄様と、ついでにアランの分も買ってきてあげるから、何がいい? 」
エレミアとレイチェルに飲み物を買っている間、俺とアランは二人っきりになり沈黙が流れる。場を繋ぐ為に何か話でもと思って俺はアランへと声をかけた。
「えっと…… アランは勇者候補なんだよね? 魔王との戦争には参加しないのか? 」
「呼び捨てかよ、まぁ別にいいけど…… 勇者候補だからといって戦わなければならない訳ではないだろ? それに、おれは領地を守らなければならないんだ。そうそう留守ばかりしていられないんだよ。でもな、国が荒れれば領地も荒れるし、世界が荒れれば国も荒れる。どのみち力ある者達がどうにかしないと、いずれ守るべきものが危険に晒されてしまう―― と、レイチェルに言われてな。どうするか迷っている。この間、シュタット王国で勝手に戦い、父上に小言を言われたばかりなのに、今度は魔王を倒すまで領地を離れるなんて事になれば…… 次期領主としての勉強はまだまだ残っているんだ。こんな事では父上の跡を立派に引き継ぐ事なんて出来やしない」
「でもさ、レイチェルが言ったように世界が荒れれば国も領地も危なくなるんだろ? だったら、連合軍に参加するって事は結果的に領地を守る事に繋がるんじゃないか? いや、俺は別にアランを戦争に送り出したい訳じゃないんだけどさ。戦いたくないなら無理に戦わなくても良いとは思うよ」
俺の言葉にアランは、どっちなんだよというような顔を向けてくる。
自分の言っている事がおかしいのは自覚しているけど、やっぱり実の弟を戦地へ誘おうとするのは兄としてどうかと思う訳で…… でも勇者候補に選ばれたからにはそれ相応の力と責任がある。どちらにせよ、最終的にはアランが自分で選ぶしかないだけどね。
「…… あいつは、随分と変わったな」
俺から顔を逸らし、屋台に並ぶレイチェルへと向けたアランがポツリと呟く。
「少し前のあいつは、何時も自信がなく周りの顔色を伺っているばかりで、自分から何かをしようとはしなかった。だけど、ここ最近は自信に溢れ、積極的に外へ出ようとしている。実際、あいつの力は昔と比べ物にならない程に強くなっているしな。あいつがおれに勝っている所は頭の良さだけだったのに、気づけば魔力も上がり、魔法の腕も格段に上達していた。もうおれがあいつに勝てる所と言えば、剣の腕と腕力だけだ。お前がレイチェルを彼処まで変えたんだろ? 」
アランの鋭い視線が俺へと刺さり、どう返せば良いのか言葉に詰まる。
「別に責めている訳じゃないさ。ただ、ままならないなと思ってな…… 正直、おれは勇者になんか興味はないし、勇者候補になんて選ばれたくもなかった。余計な力を手に入れたばっかりに、余計な面倒が降りかかってくる。おれは自分の領地と民を守れさえすれば満足なのに、それ以上の事をしろと強要されても困るだけだ。もし、おれがクレス達と共に戦っている間に、領地が魔物に攻められたらどうする? 世界が平和になっても、守りたかった領地と民が無くなってたら、おれは何の為に戦ったのか分からないじゃないか。自分が死ぬ事より、おれにとってそれが一番怖いんだよ」
アランにとっての生まれ育った領地こそ世界そのものなんだろうな。そこが無くなるという事は世界を失うに等しい。怖くなるのは当然だと思うし、それを否定するつもりはない。
「確かに、俺もこのインファネースが無くなってしまうのが何よりも恐ろしいよ。だから手の届く所にいたいという気持ちは何となく分かるな…… まぁ、実際に届くような手は無い訳だけど。それはともかく、俺は勇者候補としてではなく、アラン自身が考え悩んだ決断なら、それに協力するよ」
「は? なんでお前が? 」
「だってさ、俺はレイチェルの兄だからね。それならアランの兄という事にもなるだろ? 弟の力になりたいと思うのは、兄として当然じゃないか」
「はぁ…… お前は本当に何考えてんのか分かんねぇな。おれはお前を兄だなんて思ってはいないし、レイチェルが勝手にそう呼んでいるだけだろ? まったく、訳分かんねぇよ…… 」
悪態をつくアランだったが、その顔には嫌悪の色はなく、少し嬉しそうだった。
「余計なお世話かも知れないけど、一人で悩んでいるよりも思いきって父親と相談してみたらどう? 俺に話してくれたように、アランの心のうちを真剣にぶつければ、きっとハロトライン伯爵も応えてくれるさ」
「本当に余計なお世話だな。でも、まぁ…… 考えてやってもいい」
照れた様子のアランを見て、素直じゃない生意気な弟も可愛くて良いもんだなと自然に頬が緩んでしまう。