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祭りも今日で四日目。この日は珍しくアンネがのんびりと朝食を取っていた。
「どうしたんだ? 今日は随分とゆっくりだね。ステージの打ち合わせとか無いの? 」
「ん~…… なんかもうね、あたしがいなくても大丈夫そうだからさ、最終日まで暇になったんだよね~。っちゅう訳で! 今日は朝から遊びまくるぜい!! 」
気合い十分な様子で卵焼きを頬張っているアンネに、母さんが声をかける。
「それなら、今日一日シャルル君とキッカちゃんを頼めないかしら? 二人にはもっとお祭りを楽しんでほしいの。店番はアグネーゼさんとゲイリッヒさんが手伝ってくれるらしいから、気にしなくても良いわよ」
そんな母さんに、シャルルとキッカは戸惑いを隠せないでいたが、アンネが快く承諾し、二人への強引な説得により外へと連れ出す事に成功した。
「よっし! 先ずは遊戯の屋台を中心に回るかんね! 型抜きに射的、輪なげと言った定番は外せないわよね。いい? 今日は一日遊び倒すつもりで行くから、しっかりと付いて来なさいよ!! 」
「おぉ! ムウナも、くってあそぶ!! 」
「えっと…… が、がんばります」
「お店を空けるのには気になるけど、クラリスさんがそう言うのなら、一杯楽しまないとね! 」
どうやらアンネ、ムウナ、シャルル、キッカの四人で祭りを見て回ると決まったようだ。
「ライルはレイチェルと二人で遊ぶ約束してんのよね? 」
「アンネ様、私もいますよ」
「まぁ、それは良いとして…… 何だがおかしな連中がこの祭りに紛れ込んでいるようだから注意しときなさいよ」
エレミアの訂正を一蹴したアンネが、真面目な顔で忠告してくる。
「おかしな連中? 」
「あたしは直接見てないから断言出来ないけど、他の子達の話では、気配も魔力も完全に隠している奴を見掛けたって聞いたわ。しかもちょっと目を放すとすぐに見失う程に影が薄いとも言っていたわね。魂を視た子によれば、二足歩行の狼の姿をしていたってさ」
「それってもしかして…… 」
「…… ウェアウルフ。遂にインファネースにまで来たって訳ね」
妖精が視たという魂の形を考えれば、ほぼ決まりではあるな。問題なのはどういった目的でインファネースへ侵入してきたのか…… ただの偵察なら下手に刺激しない方が被害は出ないかも知れないが、そんな期待は出来ないし持ってもいられない。
俺はアンネから妖精達へ、その怪しい者を見掛けても監視だけに止めておき、随時何処にいるのかを報告するようにと伝言を頼んだ。
「あいあい、見付けても手を出さないようにすれば良いんでしょ? ちゃんと伝えておくから、そんな顔しないでよ」
おっと、俺の心配する気持ちが顔に出てしまっていたか。
「アンネ、ムウナ。シャルルとキッカを頼んだよ」
「う~い、まっかせなさいっての! 」
「ムウナ、ふたり、まもる! だから、あんしん、する!! 」
まぁ、調停者のアンネとこの世界最強の一角たるムウナが護衛するのだから、そう心配する事はないかも知れないな。それに、何かあったら、近くに白百合騎士団の人や兵士と神官騎士、それにタブリス率いる非番の堕天使達が空から見張っているので、そうそう派手な事は出来まい。
かと言って油断は禁物だ。俺はすぐにマナフォンを取り出し、領主、王妃様、タブリス、各代表者達へ不審者がいる旨を伝え、警戒度を引き上げるようにと頼んだ。
いったい何名インファネースに侵入しているかは不明だが、先ずは一人を捕まえて目的を聞き出さなくては。捕獲要員はギルとタブリスと堕天使達に任せておけば大丈夫かな?
『ふむ、あの犬供を捕まえれば良いのか? 丁度飲み歩きも飽きてきた所だ。少し運動でもしようではないか』
『王よ、そういう事なら俺にお任せを…… 生け捕りにせよとのご命令、必ずや果たして見せましょう』
うん? なんかバルドゥインもやる気になっているようだ。最近魔力収納の中で寝ているだけだったから、暴れたくでもなったか?
『それじゃあ、バルドゥインにもお願いするけど、周りに被害が及ばないようにするのと、あくまで今回は生け捕りだからね。間違っても殺しては駄目だよ? 』
『…… 御意に』
本当に分かってる? バルドゥインの事だから勢い余って殺したなんて有り得そうで心配なんだけど?
一株の不安はあるが、今は彼等を信じるしかない。今年のお祭りはインファネースの未来が掛かっているんだ。何か大きなトラブルがあったなら、独立が遠退いてしまう恐れがあるから慎重に行かないとね。
しかし、ウェアウルフか…… それってカーミラがこのインファネースを狙っているって事になるのか? それなら捕らえたウェアウルフからカーミラの居場所なんかも聞き出せるかも? いや、それは期待し過ぎだな。とにかく、欲張らずに今はお祭りの成功を第一目標として動くべきだ。
今日はレイチェルと祭りを見て回る予定だけど、俺の方も魔力探知で警戒しておくか。相手は完全に魔力を隠せる訳だが、これだけ大勢の人混みの中、ぽっかり穴でも空いていたら不自然だ。これを目安にウェアウルフを見付け出そう。
朝食を済ませ、アンネ達が出掛けて暫くした後、リビングにある影から魔力のうねりが視えた。この魔力の波長はレイチェルのものだな。
予想通り、影から出てきたのはレイチェルだったが、もう一人いたのは予想外だった。
「お待たせ、兄様…… それとごめんなさい…… どうしてもついてくるって聞かなくて…… 」
「フンッ、北地区だけではつまらないじゃないか。おれだって他の場所を見たいんだ。そしたら丁度レイチェルがお前と祭りを回るみたいな事を言っていたからな。おれも同行するぞ」
少し不機嫌そうなレイチェルの横には、ニヤリと不敵に笑うアランの姿があった。
奇しくも、今世での妹弟と一緒に祭りを回る事になるとはね。レイチェルには悪いけど、ちょっとだけ嬉しく思う俺がいる。