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「今日は忙しい中、集まってくれて感謝する。インファネース独立の為、共に力を合わせようぞ」
「詳しい事は後日改めて話し合いましょう。今あなた方に頼みたいのはこのお祭りを盛り上げる事です。招待したお客の相手は私達に任せて下さい」
話も終わり、国王様と王妃様に挨拶をし部屋から代表達と領主、それとシャロットとコルタス殿下の順に退出していき、最後に俺が出ていこうとすると、王妃様に呼び止められる。
「あっ、ライル君は此処に残ってもらって良いかしら? 」
「えっ? あ、はい。分かりました」
何だろう? どうして俺だけが残されたのか、心当たりは…… ないこともない、かな?
再びソファーに座り、対面には国王様の王妃様がいる。えぇ…… 俺一人でこの二人の相手をするの? 不安しかないんですけど?
「えっと、私にどの様なご用件で…… ? 」
「うむ。もう少し待ってはくれぬか? 今この部屋に呼んでいる方が来たら話すのでな。その間、紅茶でも飲みながら世間話でもしようじゃないか」
その後から来る人物を交えて何やら大事な話があるようだ。それは分かったのだが、国王様相手に何を話せば良いんだ?
「君の事はディアナから聞いている。その身体と若さでここまでやるとは、これも才能というやつだろうか。いやはや大したものだ」
「い、いえ…… そんな滅相もございません。国王陛下に比べれば私なんか…… 」
一体王妃様からどんな話を聞いているのか知らないけど、結構過大評価されているような気がして恐縮している俺の様子に、国王様は何処か遠い目をしてフッと自嘲気味に笑った。
「残念ながら、私はそんなに大層な人物ではない。王家に生まれ、慣例に従い王となっただけ。私自身、妻のように知略に長けている訳でもなく、先代のように誇れる武勇もない。ただの凡人なのだよ。その証拠に、私の代ではそう国は劇的な変化も何も無かったであろう? 私では、妻の手を借りたとしても現状維持で精一杯だった。そんな国の停滞を破ってくれたのが、シャロット嬢とライル君だ。リラグンドの王として…… また、王国に住む一人の人間として、君に感謝の意を伝えたかった…… ありがとう」
突然の感謝と同時に頭を下げる国王様に、俺はもう気が動転してしまう。まさか一国の王が、しかも俺が生まれた国の王が…… 眼前にある光景なのに、頭が理解する事を許否してしまいそうになる。
「そ、そんな!? 頭を上げて下さい! 俺は陛下にそこまでされるような者ではございません。ですから、どうかそういう事はなさらないで頂けませんか」
「フフ、良いのよ。この場には私達しかいないのだから。それに、この人はこういう人なの。何で王様なんかしてるのか疑問に思うくらい平凡なのよね。まぁ、そこに惚れたのだけど」
た、確かに…… 俺がこの事を漏らさない限り、外に拡がる事はない。それでもやっぱり、一番偉い人にこんな風にされたら誰だって畏れ多いと身構えてしまうよ。前世で言ったら、総理大臣か天皇陛下に頭を下げられているようなものだ。こんなの慌てるなと言う方が無理だよ。もう本当に勘弁してほしい…… 教皇様といい、国王様まで、俺の心臓を本気で止めようとしているんじゃないか?
「いや、そこまで困らせるつもりは無かったのだがね…… 本人を前にしたら、どうしてもこの気持ちを抑えられなかったのだ」
「…… 正直、驚いています。まさか国王陛下がそんな風に思っていたなんて…… 自分の事もそうですが、陛下ご本人にそんな葛藤があったとは…… 」
「まぁ、そんな分かりやすく態度に出していたら、私を信じてくれる者達が不安になるのでな。私の発言一つで多くの人達の命がかかっている。そう思うと一言一言が嫌に重く感じ、自然と無口になってしまう。実を言うとな、王になりたいと思った事は一度もなかった。周囲が敷いてくれた道を、ただ素直に歩いていただけ…… 寄せられた期待に応えようにと必死に生き、気付けばもうこんな歳だ。せめて王というしがらみから抜け出せたなら、己の望む事だけをして生きたい」
「だから、インファネースをリラグンドから独立させ、必要以上の干渉を避けようとしているのですね? 」
俺の言葉を受け、国王様は肯定を意を込めて無言で頷いた。
身分が高すぎるというのも、案外辛い事が多いのかもね。本人が言うように、決して優れた王では無かったかも知れない。だけど、自分の非才を嘆くだけでなく、与えられた責務から目を逸らさず、直向きに国民達に向き合ったきたであろうこの人を、俺は心から尊敬するよ。だからこそ、老後は穏やかなものにしてあげたいと思う。
「私がこんな事を言うのは烏滸がましいとは承知しておりますが、敢えて言わせて頂きたい…… 何も変わらず、平和なリラグンドでいられたのは、一重に陛下が王で在らせられたからです。陛下がこの国の王で良かった。私は陛下が治めるこの国に生まれた事を、神に感謝します」
「…… そう、か…… そう言ってくれる者が一人でもいるなら、王になった甲斐があると言うもの…… 此方こそ、我が国に生まれてきてくれて感謝する」
お互いに頭を下げ合う俺たちに、王妃様が堪らずクスリと笑い、それに気付いた国王様がはにかんだ。
そんな中、部屋の扉からノックの音が聞こえ、教皇様とカルネラ司教が入ってきた。
「おや? 何やらとても良い雰囲気ですね? 邪魔してしまいましたか? 」
入室早々そんな事を言われて、俺と国王様は何とも言えない気持ちで微笑するしかなかった。ただ一人、王妃様だけはにこやかな表情をしていたけど。