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前を泳ぐ男性の人魚――リヒャルゴに案内されてボートを進めているが、人魚ってのは泳ぐのが速いね。彼の泳ぎ方を見ていると気付いた事がある。尾びれを上下に動かして泳いでいるのだ。普通魚は尾びれを左右に動かして泳ぐものなのだが、人魚の泳ぎ方はイルカやクジラと同じようだな。
ボートに乗っているヒュリピアを改めて観察すると、魚のようだと思っていた下半身には鱗がなく、ツルツルとしていてイルカのような海生哺乳類に似ている。どうやらこの世界の人魚は半分魚類ではなくて完全な哺乳類のようだ。
「なんか、ごめんね。あの鉱石を少し分けて貰おうと軽い気持ちで女王様に喋ったら、こんな事に……」
「いえ、お気になさらず。此方も人魚の皆さんとお近づきになりたかったのでよかったですよ」
ヒュリピアが謝る必要は微塵もない。俺も人魚達との交流の切っ掛けになればいいなという思惑があった訳だし、余計な気を使わせてしまい申し訳ない。
「まさか、女王様が人間に会いたいなんて驚きだよ」
「え? 俺ですか? エルフや妖精ではなく?」
「うん、その人間に会いたいってハッキリと言ったよ。ちゃんとこの耳で聞いたもん」
てっきりエルフや妖精に興味を持ったんだと思っていたけど、まさか俺とはね。どうしよ、何か急に帰りたくなってきた。
「でも、海にエルフがいるなんて初めてだよ。妖精も今まで会ったこともないし、ほんと珍しいよね。それにしても綺麗な眼だね! エルフって皆そんな眼をしてるの?」
「いいえ、違うわ。私だけよ」
「わたし達からしたら人魚のほうが珍しいけどね。あんた等って海から出ないじゃん? わたし達も海に行く理由も特にないしね」
ボートの上で三人は愉しそうに会話をしている。同じ女性同士だからか随分と話が弾んでいるようだ。俺が割り込む隙がないくらいに、別に寂しくはないぞ! 俺はボートを操縦しなければならないからね!
『仲間外れにされて寂しいのか? 未だ未だだな、ライルよ。孤独を愛せ、そうすれば下らん感情に流されることは無くなるぞ』
余計なお世話だよ! 的確に俺の感情を読みやがって…… 孤独を愛せ――ね。前世では一人でいるのが当たり前だったから何も感じなかったけど、今は誰かといるのが普通になってしまっている。だからちょっとした疎外感だけで寂しくなってしまうのだろうか? いや、俺は孤独を望んだことも愛したこともなかった。きっと気付かない振りをしてたんだな。そうじゃないと、堪えられなかったと思う。
ボートを進めて、もうどのくらいだろう? それなりの時間が経った頃、進行方向に何かが見えてきた。
それは岩で出来た島で、どう見ても上陸は無理そうだ。島の周りは幾つもの尖った岩礁で囲まれ、その隙間を埋めるように巨大な渦潮ができていた。
ここが人魚の住処? 凄い所だな、こんな所普通は通れないぞ。そんな驚愕の光景を目の当たりしてボートを止め、唖然としているとリヒャルゴがボートに上がってきた。
「あの渦潮の先に見える島で俺達は住んでいる」
「はぁ、それでどうやって彼処まで行くんですか?」
「岩礁の底には人が通れる程の穴が開いていてな、俺達はそこを通り島と海を行来している」
成る程、でもそれは人魚の通行手段だよね?
「では俺達はどうしたら?」
「知らん。お前達なら自分でどうにか出来るだろうと、女王様が仰っていた。俺は先に渦潮の向こうで待っているから、お前達も早く来るんだぞ」
そう言葉を残してリヒャルゴは海中に消えていった。え~、ここまで連れてきておいて後は自分達で何とかしろって、無責任じゃないですかね?
「ねぇ、どうするの? 海に潜るの? とても泳ぎが得意には見えないけど」
ボートの上でヒュリピアが興味深そうにこっちの出方を窺っている。
「ヒュリピアさんは先に行かないんですか?」
「うん、貴方達がどうやってこの渦潮を抜けるのか知りたいの」
さいですか…… さて、どうしようか? 今思い付いた限りだと、俺の魔力支配のスキルで周囲の空気を操ってシャボン玉のようにボートを包み海中を進むか、ボート自体を操り浮かせて空から行くか。海中から行く案は失敗したときが怖いので、空から試してみよう。
俺は自分の魔力でボートを包んで支配した。そしてゆっくりと持ち上げるイメージで浮かせていき、海面から一メートルほど浮かせた所でボートを前進させる。うん、これなら行けそうだな。
「うわ!? 何これ! 船が空を飛んでる!」
驚きの声をあげるヒュリピアをよそに渦潮の上を通り越して無事に海へと着水させた。はぁ~、空からも怖かったな。渦潮って真上から見ると迫力が段違いだわ。
「空から来るとは予想外だったぞ。さぁ、こっちに入口がある」
既に渦潮を通り抜けて待っていたリヒャルゴについていくと、洞窟のように穴が開いている場所があった。ここが入口? ボートで洞窟内を進み、水深が浅い所に辿り着く。どうやら此処から先はボートでは無理そうだ。俺達はボートを降りて収納してから歩いて進むことにした。浅いと言っても海水は俺の腰ぐらいまであるので歩きにくい。
洞窟内は暗いかと思ったが海中で光る物体が見える。あれはクラゲか? 色鮮やかに発光するクラゲが無数に泳いでいて、海水自体が光っているみたいだ。壁にも植物だと思われる発光体が生えており、天然の光源で内部は明るく照らされていた。
うわぁ、綺麗だけどこのクラゲ刺すタイプじゃないだろうな? やだな、勝手なイメージだけど異世界のクラゲって毒が強そうな感じがする。
「歩きにくそうだね、大丈夫?」
周りのクラゲにびくつき進むのに苦戦している俺を見てヒュリピアは心配そうに見詰めていた。
「ああ…… 大丈夫ですよ。ヒュリピアさんは快適そうですね」
「私達の家なんだから当然でしょ」
暫く歩いていくと、他の人魚達が姿を現して此方に奇異や好奇の眼差しを向けてくる。何だか見世物になった気分。洞窟の壁には幾つかの穴が開いていて、そこから広場や部屋等に繋がっているとヒュリピアの説明を受けつつ、俺達は女王の間と呼ばれている広間に到着した。
そこは広い空間で天井が高く、壁と天井に何かの鉱石が顔を覗かせていた。真っ黒い鉱石だな、あれがヒュリピアの言っていた錆びない金属になるのか?
広い空間の先には巨大な開いたホタテ貝のようなものが置かれていて、その中に設置されている椅子で優雅に座る人魚の女性がいた。
「よく来てくれました、私は貴方を歓迎致します。“勇者” よ」
はい? 勇者って…… 誰のことですか?




