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祭り三日目、今日は朝から街はざわついていた。
インファネースにいる国民、他国から来訪した客人、難民、その誰もが緊張した面持ちで歩道に並んではソワソワと何かを待っている。
やがて西門から王家の紋章を飾る豪華な馬車が、決して多くはない必要最低限の護衛を伴ってやって来た。
馬車の姿が確認されると、歩道で待機していた人達は次々と頭を下げ、片膝をついて跪く。
本日、インファネースの歴史上初めて、国王様がご来訪した日となった。
何故護衛の騎士の数が少ないかと言うと、途中まで転移結晶を使い馬車と護衛は結界の張っていない第二防壁の西門近くへ、そこから農業地帯を経てインファネースへと移動してきた。それ故に時間も距離もかなり短縮できるので、その分魔物や野盗等に襲われる心配も少なくなる。
そうなると、大層な数の護衛は却って邪魔になるというもの。だからこそ、国王様は最低限の護衛しか連れてこなかった。それは国王様がインファネースは安全だと信じて下さっている証拠なのだと、今朝方皆と一緒に国王様をお迎えした後で俺の店に来たデイジーが言っていた。
「詳しいですね」
「全部王妃様から教えて貰ったのよぉ。もう馬車は領主様の館へ入っている頃だから言っちゃうけど…… あの馬車には誰も乗っていないらしいわ。既に国王様は日が昇る前にインファネースに到着していたみたいよ? 」
まぁ、貴族派が本格的に国王様を王座から引き摺り落とそうと動き出しているこんな状況に、さも狙ってくれとばかりにあんな目立つ移動はしない。いや、王としての威厳を民に示すのも必要な事なので、あの様な手段を講じたのだろうけど。
「それじゃ、私はそろそろお店の準備をしてくるわ。王様に楽しんで貰えるよう、頑張りましょうね♪ 」
デイジーが店から出ると、マナフォンでの通話を終えたアグネーゼが奥から歩いてくる。
「ライル様。もうそろそろ此方へ教皇様とカルネラ司教がご到着されます。私とオルトンさんはお出迎えに向かいますが、ライル様は如何致しますか? 」
「さすがに出迎えの一つもしないとなると不敬だよね? 」
「いいえ、神から力を授かり、調停者として選ばれたライル様は、地位的に言えば教皇様と同等かそれ以上のお立場にありますので、出迎えに参じなければならない事はございません。それに、そんな事で機嫌を損なうほど教皇様は心の狭い方ではありませんよ」
それでも何かとお世話になっているので、俺はアグネーゼとオルトンに付いて地下市場にある転移門へと向かった。
「お久しぶりです、ライルさん。態々お出迎え頂き、ありがとうございます」
転移門から出てきた教皇様は、俺を見るなり笑顔で頭を下げようとしてきたので、俺は慌ててそれを止める。
「ちょっ!? 教皇様に頭を下げて頂ける程の事はしていませんので、お止め下さい」
まったく、カルネラ司教もアグネーゼもオルトンも、何で自分達の組織のトップが頭を下げようとするのを止めないどころか満足気に微笑んでいるのだろうか?
「今日はよろしくお願いしますね、ライル君。来たばかりで何ですが、私達はこれから領主への挨拶に行かねばなりません。また後程ゆっくりと話しましょう」
「それでしたら、私も領主様に呼ばれていますので一緒に行きませんか? ここから歩いていくのは少し遠いですよ? 」
「それは助かります。正直何処かで馬車でも借りようかと思っていた所です。それでは、お世話になります」
店の前に用意した馬車に、教皇様にはアグネーゼが、カルネラ司教にはオルトンが手を取り中へ乗り込む。
ゲイリッヒが御者を務める馬車は適度な速さでコンクリートの道を走り、領主の館に向かう中、教皇様は興味深そうに窓から外を眺めていた。
「綺麗な街並みですね。それに潮の香りがとても良い…… 道も舗装がしっかりとしていて馬車の揺れが少なく快適です。これだけでも此処の豊かさが分かります」
「ありがとうございます。教皇様にそう言って頂けて嬉しいです」
インファネースを誉められると俺も嬉しく思ってしまう。まだここに来て二年しか経っていないけど、すっかり地元のように感じてしまう程馴染んでいた。
「教皇様とカルネラ司教のお二方は、現在領主様の館に国王様と王妃様がご滞在なさっているのをご存知なのですか? 」
「えぇ、私がインファネースへ来たのは、その王妃から招待されたからなのですよ。しっかりと日付まで指定されましてね…… 詳しくは知りませんが、何やら重大な事を決心されたとかで、私の力を貸して貰いたいとの事」
やっぱり国王様の来訪に合わせて教皇様はここへ来られた訳か。教皇様に何を頼もうとしているのか分からないけど、教皇様のことだから後で普通に聞けば教えてくれそうだ。
でも、こう言っては何だけど…… 教皇様の側にいると凄く疲れるんだよね。
だって国のトップだよ? 言うなれば今から会う国王様と同じ地位にある人が隣にいて、しかも年下の小僧相手にへりくだってくるもんだからもう心臓に悪い。調停者がどれだけ偉大な存在かは知らないが、明らかに俺にとって分不相応な立場に胃がキリキリするよ。
はぁ、早く領主の館に着かないかなぁ……